2006年09月07日

思い出

出稼ぎスケジュールが変更になって、思いがけず2連チャンで休みになった。この機会にとまたしこしこ日記のバックナンバーを整理しているうちに、去年作ってまだ公開していない動画があることに気がついた。

動画作りに凝っていたのは秋から冬にかけてだったので、季節的にあわないなぁ〜来年の夏にあげようと思ってすっかり忘れていたものだ。

ツチノコ兄弟がまだ子犬だったころ、近所の川で水泳を楽しむひとこまだ。あのころはまだ2頭とも若くて、管理人も仕事をしているよりも暇な時間が多かったので、せっせと毎日河原に通っていたものだ。

河原で管理人は先輩犬飼いさんたちから、多くのことを学び、犬たちはそこに来ている多くの犬たちから犬社会の仁義をしっかりたたき込まれた。いま思えば、あれが管理人とツチノコ兄弟にとっての犬コミュニティーだったのだ。最近はぜんぜん河原にも行かなくなってしまったし、時々当時のお友だちと散歩の途中で会っては、立ち話をする程度になってしまった。仕事が順調になった分、時間がとれなくなったことが、ほんの少し悔やまれる。

すっかり忘れていたこの動画を見て、管理人はふたたび目が潤んでいる。あのころはディーも元気で若かった。こんなに早くお別れの日が来るならば、もっとたくさんビデオを撮っておけば良かったと悔やまれる。

それでも、何もないよりはずっとマシだ。元気そうに走りまわる子犬たちの姿を見て、時間が経つのは早いものだ、と改めて思い知らされている。

犬と一緒にいられる時間は、ほんとうに嫌になるほど短いよ。

だからこそ、大切にしなくてはね……








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2006年07月24日

約束

昨日は、ディーの月命日だった。もうあれから1ヶ月も経ってしまったのかと呆然としつつも、しだいに周りからディーの臭いが消えていくにつれて、管理人も残された犬たちも、少しずつディーのいない生活に慣れていっているのが不思議な気がする。

ディーの病気がわかったとき、とうぜんのことながら管理人は呆然として何をどうしていいかもわからなかった。医者の説明を聞いて、残された時間が短いのはわかっていたし、ディーを苦しめるような抗ガン治療や手術の道は断念したものの、さりとて残りの日々をどうして過ごしたらいいか、何をしてやるのがディーにとってベストなのか、考える余裕すらなかったのだ。

すっかり惚けていた管理人の代わりに、癌についていろいろ調べ、よく効くといわれるサプリメントや食材についてあれこれ情報をくれたのは、周りにいた犬友だちだ。持つべきものは犬友だ。ふつうであれば、たかがペットが病気だからと泣きわめいている管理人は単なる変人だが、じっさい動物たちと暮らしている人にとっては、愛犬愛猫を見送らなくてはならない飼い主のつらさが身に染みてわかるのだ。

癌だと診断された当初、管理人は何かというと泣いていた。散歩に行っては涙がこぼれ、ふだんと変わらないようすでツチノコ兄弟が戯れているようすを見ては涙した。せっかく長生きさせようと、身体にいいと言われる餌やおやつばかりを与え、毎年きちんと予防注射もして大切に大切に育ててきたのに、どうしてディーだけこんなことになってしまったのか。世間には残飯を与えられて、散歩にも満足に連れて行ってもらえなくても長寿を全うする犬がざらにいる。なのにどうしてうちだけ、こんな早く愛犬に別れを告げなくてはならないのか、その理不尽さに無性に腹が立っていた。

最初に通っていた獣医の誤診でディーは1ヶ月あまりほとんど栄養のない餌を与えられていた。腸炎と診断されたため、消化器系に負担をかけない炭水化物を多くとっていたのである。結果的にはそれが癌の進行を早めてしまった。だから、末期癌と診断された直後から肉が主体のガッツ食でともかく体力をつけ抵抗力を上げる食餌に切り換えた。

ディーの体調はその日によってまちまちだった。調子が良い日は朝から肉をガツガツ食べる。だが具合が悪くなると手に乗せてやっても何も食べない日もあった。

ある時、手に乗せて鼻先に出した肉の臭いを嗅ぎ、フンと横を向いてしまったことがあった。大好きだった肉も食べないのか。もう長くはないのか、と管理人は不覚にも涙がこぼれた。その瞬間、ディーは慌てて肉を口に入れ、管理人の顔をぺろぺろ嘗めてくれたのだ。

管理人がつらいとき、いつもディーがやってくれた仕草だ。

「大丈夫だよ。食べるよ。オレ、まだまだ元気だから、泣かないでよ」

そういわれているような気がしたのだ。そのとき、初めて自分のすべきことが見えてきた。ディーは毎日そうとうの痛みと闘っている。それでも生き続けることじたいが、ディーが管理人にくれる最後のプレゼントだということに気づいたのだ。管理人のすべきことは、残りの日々をディーにとって楽しいものにしてやること。ディーがこの7年半にくれたものには到底およばないが、それでもできる限り楽しい思い出を作ってやって、最後はきちんと看取ってやる、それが管理人のできるせめてものお返しだと悟ったのだ。

その日から、ディーの前では決して泣かないと決めた。最期のときを迎えるまで、何回「Good boy!」と言ってやれるか、どれだけディーの笑顔を覚えていられるか、それが管理人の目的になった。

同時に「がんばれ」という言葉も口にしなくなった。辛ければ諦めてしまってもいい。苦しいのならサインを出してくれればそのときは楽にしてやる。ディーが食餌を受けつけなくなった時点で安楽死を選択することを管理人は心に決めていた。ただディーが生きたいという意欲を見せている限り、どんなことをしても生きながらえる方法を探していく。その代わり、ぜったいに管理人のいないところでは逝ってはいけない。それが管理人とディーのあいだの最後の約束だった。

動物の医療費というのは冗談ではなく高額だ。単なる痛み止めと定期検査だけでも毎週そうとうの金額がかかっていた。そのうえ肉主体の食餌に各種のサプリメントやおやつ類を用意するのは、その日暮らしの貧乏飼い主には負担だった。だからずっとディーのそばについていてやりたいと思っても出稼ぎ仕事に行かないわけにはいかなかった。

毎週出稼ぎに行くたびに後ろ髪を引かれるような思いがした。痛みが襲ってきたときにそばについてやれないと思うだけで身を切られるような思いをした。ディーも同じように不安だったのだろう。毎週、週末が近づくごとに体調は確実に悪くなっていった。

ディーの容態が急変したのは、木曜日の深夜である。今週も何とか出稼ぎ中の留守番を乗り切った。これでまた週末はずっと一緒にいられると思った矢先に食餌も水も受けつけなくなった。それは、ディーからのサインだったのだ。だが管理人は、翌朝一番で安楽死の処置をする決心がつかなかった。

ディーは最後まで約束を破らなかった。どんなに苦しんでも管理人が戻ってくるまで逝ってしまうことはなかったのだ。それに比べて管理人は一瞬の躊躇から楽にしてやるタイミングを逃した。

犬は人間との約束を決して破らない。どんなときでもまじめに約束したことを忠実に履行する。犬を裏切るのはいつでも人間だ。最後の最後にディーが管理人の教えてくれたのはそんなあたりまえの事実だった。

あと半日早く安楽死の処置をしておけば、ディーに、最期の苦しみを味あわせることはなかった。

「約束を破ってごめん」

虹の橋の向こうについてもう一度ディーに会ったとき、管理人が真っ先に謝りのはそのことだ。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 09:53| Comment(2) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

ペットロス

今さらながら、ペットロスに陥っている。

病気のせいで、ディーは最期、短いながらそうとう苦しんだせいか、見送った直後は、これでよかった、あのコはいまごろもう痛みを感じていないのだ、と自分を納得させていたのだが、月日が経つうちにしだいにディーの抜けた穴がぽっかりと口を開け、失ったものの大きさに呆然としている。

我が家には、あいかわらずあれこれやらかしてくれる2頭の犬たちが残っているし、猫もふらふらしていたりと気を紛らす術はあるのだが、何匹動物を飼っていようが、いなくなったコの代わりにはならない。姫にブラシをかけながら、そういえばディーは管理人がブラシを持つとすっ飛んできて前に座ってブラッシングして、とねだったっけな、とかカイと引っぱりっこをして遊びながら、ディーがいた頃は、カイとこうして遊んでいると焼き餅を焼いて邪魔しに来たものだ、と思いだすたびに涙がこぼれてくる。

弔いの方法というのは人によってさまざまだ。浴びるように酒を飲んで悲しみを忘れる人もいれば、人に話すことで楽になれる人間もいるだろう。管理人の場合は、こうして文章を書くことで、少しずつ時間をかけてディーに別れを告げている。いまでも、ディーのお骨は管理人の枕元に置いてある。いつになるかわからないが、ほんとうに管理人が心からディーを見送る気になったとき、土に返してやろうと思っている。

1年ほど前のことだと記憶しているが、保護活動をしている人たちのあいだで、ある話が一斉に広がった。多くの人が自分のサイトに載せていたので、読んだ記憶のある人も多いとは思うが、うる覚えながらたしか、犬の世話をほとんどしない飼い主が獣医に持ち込んだ犬が、助かる見込みのない重病で、飼い主は犬を置いて帰ってしまって、見るに見かねた獣医が安楽死させたというような話だった。皆さんしきりと「こんな飼い主は最低だ」「こんな可哀想な犬を減らそう」と書いていたのだが、管理人はその話を読んだときなんとなく釈然としない思いがした。そのときは、何が心に引っかかったのか巧く説明できなかったが、ディーを見送ったいま、あのとき感じた違和感の正体がわかった。

たしかに世話をしない飼い主に重病の犬を戻しても、苦痛が長引くだけで安楽死させるのがもっとも人道的な処置だとは思う。最期にほんの少しでも人の愛情を感じさせてやれたのも犬にとっては幸いだっただろう。安楽死をさせた獣医にとってはできる限りのことをしたのだろうが、犬と飼い主にとってそれが最善の方法だったのだろうか、と考えたとき、管理人は疑問に思うのだ。

どんなにひどい飼い主であっても、犬にとっては自分の飼い主が最高の飼い主だ。犬は他犬と自分の環境を比べたりしない。予防接種をしてもらえなくても、安い餌や残飯を食わされていても、めったに声をかけてもらえなくても、散歩に連れて行ってもらえなかったとしても、犬はやっぱり飼い主に振り向いてもらいたいと欲している。1日に数分しか声をかけてもらえなくても、犬は1日中その瞬間を待っていて、尻尾を盛大に振って大喜びする。それが犬という生き物のすばらしいところなのだ。飼い主がたとえ1しか愛情を与えなくてもいつも100%を返してくれる。

そんな犬に人間がお返しできる方法はひとつしかない。最期のときに、黙ってそばについていてやること。死という姿の見えない敵に立ち向かっている家族のそばで一緒に戦ってやることだ。それは人間にとって、決して楽なことではない。できれば元気な頃の姿だけを覚えていたいと思うだろう。だが、そこで逃げるような人間は最初から生き物を飼う資格はない。命あるものは、いつかこの世を去っていく。その瞬間をきちんと見送る覚悟がないのなら、はじめから動物など飼うべきではないのだ。

だから管理人は、飼えなくなったからといって動物を捨てる人間、処分してくれと保護センターに持ち込む人間を軽蔑する。もしほんとうに飼えなくなったのなら、きちんと飼い主の見ている前で逝かせてやるべきだ。最期の瞬間、独りぼっちで不安のなかで旅立たせるような真似は決してしてはいけないのだ。たとえグッピー飼いでもいい、まともな餌を食べさせられなくても、外飼いでろくに散歩に連れて行ってやらなくても、きちんとしつけをして犬のニーズを満たして幸せな生活をさせてやらなくてもかまわない。だが、最期をきちんと看取ってやるくらいは、どんな飼い主だってやろうと思えばできるはずだ。その責任を放棄するような人間は、生き物を飼う資格などないはずだ。

飼えなくなった犬や猫を自分の手で殺さなくてはならないとなったら、もうダメだ、うちでは飼いきれないと思う人の多くはもう一度頑張ってみようと思うだろう。引っ越し先で動物が飼えない? そんなことは言っていられない。どんなに家賃が高かろうがペット可の住宅を探すだろう。しつけが巧くできなくて、手に負えない犬になってしまった? 飼えなければ自分で殺さなくてはならないのだ。それを回避するためなら、しつけが苦手なんて言ってはいられなくなる。

だから、無理を承知でいうならば、冒頭の安楽死の話も、どんなことをしても飼い主に立ち会わせるべきだったのだ。それこそ首に縄をつけてもその場に引っぱってきて、犬がこの世を去るさまをきちんと見せるべきだったと思う。犬にとっては見ず知らずの他人に囲まれて逝くよりはずっと安心できたはずだし、その無責任な飼い主にも命というものがどういうものかわからせる効果もあっただろう。それをせずに、ただ犬が可哀想だ、こんなひどい飼い主は許せないと騒ぐだけでは何も状況は変わらない。

ディーの死は決して楽なものではなかった。眠るように静かに息を引き取ったというのにはほど遠い。病気がわかったあとも、救ってやることはできなかったし、痛みを完全にとりさってやることすらできなかった。ディーの期待になにひとつ応えられなかった、ダメな飼い主だったと後悔ばかりの毎日だ。それでもたったひとつだけよかったなと思うのは、最期の最期にずっとそばについていてやれたことだけだ。最期にディーの瞳が見たものは、管理人と仲間の犬たちの顔だった。

管理人の記憶のなかから、ディーの苦痛にゆがむ顔が消えることはないだろう。それでも心静かにディーの冥福を祈れるような日が来るまで、管理人の弔いは続いていく。

【犬の十戒 10】
Go with me on difficult journeys.
Never say, "I can't bear to watch it ." or " Let it happen in my absence."
Everything is easier for me if you are there.

Remember I love you.


旅立ちの時には、そばにいて。
「見ているのがつらいから」とか「わたしがいないところで逝かせてあげて」なんていわないで。
あなたがそばにいてくれれば、ボクはどんなことでも耐えられる。

忘れないでね。あなたのことが大好きだよ。


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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:55| Comment(3) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月02日

戦い

サイトを離れていたあいだ、我が家に起こった最大の変化は、デカ犬トリオがデカ犬コンビになってしまったことである。

先月の末、犬猫屋敷の隊長犬ディーが虹の橋を渡っていった。サムライ・ジャパンの予選敗退が決まった6月23日のできごとだ。日本国民の願いも空しくジーコ・ジャパンに奇跡は起こらなかった。残念ながら管理人とディーにも奇跡は起こらなかったのである。

ディーの体調の変化に気づいたのはサイトを閉じて間もなくのことだ。胃腸系の強さには定評のあったディーが頻繁に下痢を繰りかえすようになったのだ。医者に行って下痢止めの抗生剤を投与してもらうといったんは収まるのだが、すぐまた同じ症状を繰りかえす。そんなことが1ヶ月ほど続いたあと、こんどは散歩の途中でいきなり歩けなくなった。何かがおかしい、これは単なる腹下しのレベルを超えている、と飼い主である管理人は考えたが、けっきょく獣医に行っても、単なる腸炎が慢性化したものといわれ、いつもの抗生剤を処方されただけだった。この時点で血液検査や検便もやっていたが、何一つ異常は出ていなかった。

その後、たまたま飛び込んだ別の獣医が幸運にも心臓内科の専門家で、以前愛犬(ゴールデン)を癌でなくした経験から、ディーがゴールデンMixだと聞いたとたん真っ先に悪性腫瘍の可能性を疑って、そちらを重点的に検査したところ、胃腸系ではなく心臓の真上に大きな血管肉腫ができているのが見つかった。すでに肉腫は心臓の1/5くらいの大きさまで成長しており、右心室を圧迫して血の流れを止めていた。

血管肉腫には抗ガン剤や放射線治療はほとんど効かない。また転移も早いことから治癒の見込みはほぼなかった。肉腫のせいで心臓が弱っているため、麻酔のリスクが高すぎて手術もままならない。まさに八方ふさがりの状況だった。ちょうど日付が6月に変わろうとしていたころの話である。

それからの1ヶ月はまさに時間との戦いだった。正直、癌が見つかった時点で余命数日といわれてもおかしくない状況だったし、じっさいあのときたまたま良い獣医に巡り会えなければ、ディーは理由もわからないまま1週間ほどでこの世を去っていたにちがいない。ただ痛み止めを投与し、美味しいものを食べさせて、できるだけ体力をつけることで余命を伸ばすだけの毎日だったが、それでも最後の日々をディーと共に楽しく暮らせたことを、管理人は幸運だったと思っている。

時間との競争は同時に気温との戦いでもあった。いきなり気温が上昇すると確実にディーの体調は悪化する。毎晩祈るような気持ちで明日の天気予報を見ていた。

「あと1日、どうかあと1日、27度を超えませんように……」

癌に効くといわれるサプリメントを買い込み、せっせとのませていた飼い主の祈りも空しく、腫瘍はみるみる成長していった。毎週エコーをかけるたびに1cmずつ大きくなって心臓がますます圧迫されていく。それでもディーは最後の夜までちゃんと散歩に行っていた。暑いなか歩きまわることでとうぜん心臓への負担は大きくなるのだが、それでも管理人はディーが散歩に行きたいというのを止めなかった。大好きな散歩の途中で息絶えてしまったら、それはそれでしかたがない。30kgの巨体を抱えて帰る覚悟はできていた。

毎晩、気温が下がる真夜中にディーを連れて近所を歩きまわった。気温が低く体調が良いときはちょっと無理してお気に入りの公園まで脚を伸ばした。痛みのせいでほとんど上がることのなくなった尻尾をぴんと立てて、ディーはあちらこちらの臭いを嗅いだ。いつもはトレーニング用にほんの少ししかもらえない牛レバーが、最後はディーの唯一の栄養源になっていた。散歩をしながら大きめのレバーをちぎって口に入れてやる。

「えらいね、ディー。良いコだね。Good Boy!」

オスワリもお手もフセもする必要などない。その時点では生きていることだけで、ディーはGood Boyだったのだ。

最期の時はあまりにあっけなくやってきた。いつもの通り肉の夕飯を平らげ、大好きなグリーニーズも堪能し、短いながら夜の散歩にも行ったあと、夜半からとつぜん症状が悪化した。食べ物も水も薬さえ受けつけなくなり、日本がブラジルに大敗するころには排泄も止まってしまった。犬も人間も一睡もできないまま、翌朝病院に行って強めの痛み止めを打ってもらった。もはや安楽死させるしかなかったが、せめて仲間の犬たちや家族にきちんとお別れをいわせてやろうといったん家に連れ帰ったところ、昼過ぎに管理人と仲間の犬たちが見守るなかでディーは旅立っていった。

享年7歳7ヶ月。あまりに短すぎる犬生だったが、みんなに愛され可愛がられて幸せな一生だったと管理人は信じたい。

いまディーは虹の橋の向こう側で、先に逝っている先住犬や猫たちと共に管理人や仲間たちが来る日を尻尾を振り振り待っている。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 12:25| Comment(7) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする