2006年07月30日

おっ……終わった

管理人は、思いっきり脱力している。

今回生まれて初めて納期遅れを起こすかと思ったが、ようやくギリギリセーフで間に合った手(チョキ)
友人との約束では時間通りに来た験しがないと評判の管理人だがあせあせ(飛び散る汗)じつは仕事に関しては決して納期遅れを起こさないので有名なのだ。

出来はともかく、納期だけはきちっと守る。これが管理人のポリシーである。

業種はちがうが、以前自営業の友人が言っていた。

「オレらの仕事は、早い、安い、うまいの三拍子揃ってないと競争に勝てねぇ〜んだよ」

自営業者なんて、一部の特殊な業種を除いては、みんな牛丼ショップのようなものなのだ。管理人の業界だって同じようなもの。それこそ特殊技術とも言えない誰でもできる仕事なので、きちんと納期通りに仕事を仕上げないと、ぜったいに次の仕事は来ないのだ。

多頭飼いの家で、一番にコマンドにしたがった犬以外はレバーをもらえない、みたいなものである。

管理人は一番に仕事を上げないと、むろん美味しいものはもらえないが、こんな風に同じ顔の犬たちが並んでちょうだいって顔していたら、やっぱり全員に美味しいものを振る舞っちゃうのは、これ人情わーい(嬉しい顔)

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2006年07月27日

個性

管理人がこういう考えになったのも、正反対の性格であるツチノコ兄弟を飼っていたからだ。一緒に生きてきた7年7ヶ月のあいだで離れていた時間は合計しても100時間に満たないにもかかわらず、ディーとカイは真反対の性格の犬だった。一緒の親から同時に生まれ、ずっと一緒に暮らしてきた犬たちである。にもかかわらず、態度、性格、好きなもの、嫌いなものがまったくちがったのだ。ましてやちがう親から生まれた年齢も犬種も生活も飼い主もちがう犬が同じであるはずはない。それが管理人の出した結論である。

ディーは母犬のゴールデン的性格を強く受け継いでいたので、どんな犬とも人間とも会った瞬間に親友になれた。カイの場合は人見知り犬見知りがあるので、最初は少しだけ腰が引ける。だが、管理人はカイにディーと同じように誰にでも愛想良くして欲しいとは思っていない。なぜなら、カイとディーは兄弟犬ではあるが、それぞれ個性を持った独立した個体だからだ。カイにはディーにない良いところがたくさんある。逆に、ディーにはカイとはちがう良い点がたくさんあった。

犬にはそれぞれ個性があるのに、管理人はひとりである。まさかジギルとハイドのようにまったくちがう風にふるまうわけにはいかないので、管理人は管理人なりの飼い方をしてきたわけだ。むろん、それぞれに対してじゃっかん対応は変えていたが、それでも管理人が管理人であることには変わりない。そこにこんどは、またちがった個性を持つ姫がやってきた。犬のニーズに合わせて飼い主が変わらなくてはならないとしたら、管理人は多重人格者になるしかなかっただろう。だが、ここでもじゃっかん対応を変えただけで、管理人はやはり管理人なりの飼い方を貫いた。

おそらく、3頭それぞれを個々に見た場合、管理人は彼らにとって最高の飼い主ではなかっただろう。だが、管理人と愛犬たちの組み合わせとしては、決して最悪のコンビではないと思っている。なぜなら、管理人は3頭のどのコも手放したいとは思ったことがないし、どのコも同じように可愛いし、彼らはどこに連れて行ってもそこそこ恥ずかしくない、立派な犬に成長してくれているからだ。

犬を飼う場合の苦労というのは人それぞれだ。管理人にとって飼いづらいと思う犬が、他の人にとっては楽に飼える犬というケースもある。

良い犬悪い犬の基準は、飼う人によって変わってくる。飼い主と犬の相性がぴったりと合った場合には、飼いやすい良い犬になるのだろうし、それが大きくずれてしまえば、飼いづらい悪い犬と呼ばれることもある。だが、いったん飼いづらい悪い犬だと思ったとしても、折衷案を見つけることで、せっかく出会った犬を手放すことなく、飼いやすい良い犬にすることは可能なのだ。

それが、管理人の考えるしつけである。犬にはここまではやってもらわないと、楽しく一緒に暮らしていくことができない。そう思ったことについては、きちんとトレーニングして改善する。飼い主のほうも、譲歩できるところは譲歩して、互いに気持ちよく一緒に暮らせるように精一杯工夫する。それ以外の点に関しては、犬の個性に合わせて、ある程度自由にさせていく。それが犬猫屋敷風の犬の飼い方で、今後管理人自身が変わっていくことがあったとしても、また飼う犬が変わっていったとしても、犬と暮らしていく上で、この基本だけは忘れずにいたい、と常々考えている。

きょう、出稼ぎから帰ってきたら、きのう会ったビビリ犬に悩んでいた飼い主さんから写真と丁寧なお礼のメールが入っていた。

「管理人さんともお話できて、とっても楽な気持ちになれました」


そんな一文を読んで、管理人は少しだけ嬉しくなってしまった。その飼い主さんを見る限り、むろん何があっても犬を捨てるような人には見えないし、愛犬を心から愛しているのはまちがいないが、どうせなら悩みを抱えて暮らすよりは、毎日愛犬の良いところを数え上げて明るく楽しく暮らしたほうがいいと、管理人は思っているからだ。

「楽(らく)」という漢字は「楽しい」と一緒だよね。だから、楽しければ楽だし、楽だと楽しい気分になる。

そう考えると、お気楽生活を提唱する犬猫屋敷風犬飼い生活って、もしかしたらいま一押しかも、と鼻高々な管理人なのだ。
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2006年07月26日

ホームパーティー

管理人は月末の納期を前にして、マジでほんとうに忙しい。にもかかわらず、きょうもふらふらと遊びに出かけてしまった。納期がタイトなので今月いっぱいは遊べない、と宣言しておいたにもかかわらずパンツ屋犬具屋の越後屋がまたもや断り切れないような美味しいオファーを持ってきたからだ。

「水曜日って出稼ぎじゃないよな?」
「出稼ぎにはいかんが、仕事が山積みなので遊べない」
「お楽しみ企画があるんだが」
「どんなに楽しい企画でも、今月いっぱいは缶詰」
「逃すには惜しい企画だぞぉ〜」
「どんなに惜しい企画であっても、いまは仕事があるから行けない」
「ふ〜ん、ならいいけど……後悔するよ」
「後悔なんかしないもん。忙しいんだもん」

だが、行けないとわかっていても、何がとりおこなわれるか知りたいのは人情だ。そこで、どんな企画なのか、ついつい尋ねてしまったのが運の尽きだった。
「で、水曜日になにがあるわけ?」
「ホームパーティー」
「ふ〜ん」
「犬の……」
「犬のホームパーティー?!」
「そう」
「それって、犬がたくさん来るってこと?」
「そう」
「うちじゅう犬だらけってこと?」
「そう」
「……でも行けない。忙しいから」
「ふ〜ん、残念だね」
「うん。残念だけど、行けない。だって、忙しいんだもん」
「せっかくラブとかゴールデンとかデカ犬が集まるんだけどなぁ〜」
「デカ犬?! デカ犬がたくさん来るの!?」
「そう。デカ犬グリグリし放題」
「…………」
「でも来れないんだろう? 残念だなぁ〜 うちの奥さんお手製のカラメルプリンも持っていくんだが……」
「やっぱり……行く」

これがヒルズ族の青年実業家が集まるホームパーティーだったなら、管理人は毅然とした態度できっぱりと断ることができただろう。長年のつきあいで、越後屋は管理人を動かすベイトを知りつくしている。

デカ犬ばかりのホームパーティーということで、もちろんうちのデカ犬コンビもご招待をたまわった、が妹との車争奪戦に敗れた管理人は泣く泣く我が子を置いて、ひとりでデカ犬集団のなかに乗り込んでいったのである。

そして、クライアントの顔も納期遅れという忌み言葉もすっかり忘れ、死ぬほど楽しい時を過ごしたのだ。犬がたくさんいて、犬好きが大勢来ている場所で管理人が楽しい思いをしないわけがない。うちで留守番している愛犬たちの顔は少しだけ脳裏をよぎったものの、デカ犬グリグリし放題の醍醐味に管理人はすっかり魅せられ、ほんとうに楽しい時を過ごしたのだ。

そのなかに1頭の和犬Mixのコが来ていた。飼い主さんの悩みはうちのコがビビリだ、ということで、ポセがビビリを克服して明るい犬になったという話を聞いて、是非ともコツを知りたいとパーティーに参加したのだそうだ。

ちなみに、管理人が見たところ、彼女はビビリでもなんでもなかった。ただちょっと最初は人見知り、犬見知りが激しくてすぐに誰とでも仲良くなれるタイプではない、というだけだ。

「飼い主がしっかりしていないから、犬のビビリがいつまで経っても治らない、って人に言われるんですよ」

と飼い主さんは嘆いていたが、おっとりした優しそうな飼い主さんに、犬のために剛胆なきつい性格になれ、というのはそりゃ無理だ。同時に、最初はちょっと及び腰で、仲良くなるのに時間がかかるおとなしいコに、ラブやゴールデンによくいるような、誰とでも初めて会った瞬間に大親友になれる犬になれ、というのもこれまた無理な話なのだ。

飼い主にも犬にも、個性というものがある。得手不得手もあるし、好き嫌いだってあるはずだ。飼い主の思うままの飼い方に無理矢理犬を合わせることで、犬にストレスを感じさせるのは良くないかもしれないが、犬のニーズを満たしてやるために、飼い主がストレスを感じてまで変わる必要はない、と管理人は思っている。飼い主も犬も適度にストレスを解消し、一番互いに合った折衷案を見つけるのが、最終的には犬と最後まで楽しく暮らしていくために一番良い方法なのではないだろうか? だから犬の飼い方にたったひとつの正解はない。それぞれの飼い主と犬によって、ベストの方法は変わってくる。
(明日につづく)

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置いてきぼりを食って、ふてくされているおふたりさん

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2006年07月25日

オジサンの一日

自分ってもしかすると、出稼ぎ先の会社で一番エライ人なんじゃないかと思う瞬間がある。

たとえばきょうのように、社長をはじめとする役付きのオジサンたちが必死こいて明日のセミナー用の資料作りにいそしんでいるとき、それを尻目に独り淡々と独自の仕事をしていている自分を客観的に見た場合、どう考えてもこの会社で一番エライのは自分にちがいないと思うのだ。

べつに手伝わないというわけではない。じっさい、以前は「手伝いましょうか?」と何度も言っていたのだ。だが、そのたびに「管理人さんは、自分の仕事をしてていいから」と断られるので、最近は申し出る気にもならないのだ。ちなみに、管理人はこれでもOL生活が長いので、コピーして、ホチキスして、何冊かの資料をまとめてなんて作業はお茶の子さいさいである。じっさい、管理人が手を出せば、オジサンたちの数倍のスピードで作業を終わらせられる自信はある。

にもかかわらず、オジサンたちが一丸となって女工哀史的作業にいそしんでいるとき、管理人はいつも仲間はずれになっている。じつはいまのように内職が忙しいときは、会社では頭を使わない単純作業のほうがずっと嬉しかったりするのだが……

オジサンというのは計画性がないものだ。だから、今回も秒針との勝負で最後は人海戦術で資料をまとめあげていた。明日セミナーをやることは、すでに3ヶ月前から決まっていたにもかかわらず、なぜギリギリまで何もやらずに放っておくのか、オジサン的思考回路というのは管理人には理解できない。もしかすると刺激の少ない日常において、あと1分しかない、もう間に合わないというスリルが唯一の脳への刺激になっているのかもしれない。

秒針との勝負になっていたのは、できた資料を持ってオジサンのひとりがきょうの新幹線に乗らなければならないからだ。ちなみに世間には便利なサービスがあって、朝原稿をメールで送っておけば、夕方にはきちんと製本された資料を大阪で受けとるなんてことも可能である。にもかかわらず、オジサンは自力でコピーをし、それを束ねた膨大な書類をバックいっぱいに詰めて大阪に旅立っていった。

「Kinko’sに頼めばいいじゃないですか」

と管理人は言ったのだが、

「高いからダメ」

と即座に却下されてしまった。

全社員を動員して、丸一日かけてコピーする人件費を考えたら、1枚10円くらいかかっても外注に出したほうがどう考えても安いのだが、そういう計算はオジサンたちはしないらしい。ちなみに、最後は泣きが入っていたので、宅急便で送ればいいとも提案したが、それもその場で却下された。

万が一届かなかったらどうするんだ!?

とオジサンは言うのだが、彼がよたよたあの荷物を引きずって歩くほうがよっぽど危険が多いと管理人は思っている。

でもオジサンは自分以外は信じられない。だからコピーから製本まですべて自力でやりたがる。

ちなみに、大阪に飛ぶオジサンが出ていったあと、ついにコピー機がぶっ壊れた。けっきょくメンテの人を呼んだりして、きょうはほんとうに全員が一日中その作業にかかりっきりになっていた。

わざわざ大学院まで行って博士号をとりながら、トナーで手を真っ黒にしながらコピー機と格闘するのは空しくないのだろうか? と思う瞬間もあるのだが、本人が嬉々としてやっている以上他人が口を挟むことでもないのだろう。

管理人が帰るころには、終業時間を待たずして、オジサンたちは資料の完成を祝って満足そうににビールで乾杯をしていた。

「あぁ〜たまらんな、ひと仕事終えたあとの、この一杯!」

これがやりたいがために、オジサンたちはきょう一日女工哀史ごっこをしていたのかもしれない。その笑顔を見ていると、効率とか対費用効果とか小難しい経営用語なんかはどうでもいいな、という気がしてくる。

オジサンは、会社にいるときが何よりも一番幸せな人種である。
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2006年07月23日

現実逃避

管理人はいま、ものすごぉ〜く忙しい。

またいつものクライアントが、申し合わせたように同時期に仕事の依頼をしてきたからだ。途切れることなく仕事をいただけるのは、むろんとってもありがたい。だが、できれば、ほんとうに贅沢なのだが、できることなら脳が溶け出すくらい暇なときに少しずつ依頼をしてもらえるとありがたい。

というわけで、今回も完全にオーバーフロー状態のまま納期に追われる1ヶ月を過ごしているわけだ。

で、そういうときに限ってまた、以前からずっと温めていた楽しい企画があったりする。むろん、仕事が忙しいからと断ればいいのだが、徹夜してでも楽しい企画は逃したくはない。そういえば小学生のころも、宿題の絵日記が完成していなくとも、8/30に従兄弟と海に遊びに行っていた。三つ子の魂百までとはよく言ったものである。

というわけで、きょうの犬猫屋敷にはお客さまがあった。遠路はるばるKAKOままさんが上京したのに合わせて、つむぎ親子リリー親子が揃ってデカ犬コンビに会いにやってきてくださった。

管理人の友だちがやってきて、犬より人の数のほうが多い、というのはじつはけっこう珍しい。犬猫屋敷は、どんなサイズの、どんなしつけレベルのコであっても室内フリーで入れるので(うちの犬以上に邪魔で悪戯をする犬は、おそらくこの世に存在しないからだ)たいてい皆さん飼っている犬を伴って遊びにくる。そうすると、気がつけば犬がうじゃうじゃ、あいだの隙間に人間がちんまり座ってという状況になるのである。

いちおう人間のお客さまの記念写真も撮ったんだけどね……顔消したり、面倒なんで……というわけで、今回のお客さまはこちら下

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めんこいねぇ〜リリーちゃんわーい(嬉しい顔)

管理人の持っているヨーキーのイメージ(うるさい、気が強い、臆病)を粉々に打ち砕くようなたまらなくよい子だった。犬種の特性ってたしかにあるが、要は育て方しだいだな、とリリーを見ていてしみじみ思った。何しろ大きな犬に囲まれても一度も声をあげなかったし(子ども脱感作トレーニング中の姫さんはことあるごとに絶叫もうやだ〜(悲しい顔))どんな人にも愛想よく尻尾をぷりぷりしているし(カイザーは部屋の隅で常時気配を消していたふらふら)きちんと、やるべきことをやってちゃんと飼ってやれば、ほんらいの特性を悪癖に変えることなく、立派なパートナー犬に育てることができるという証明のようなものだ。

姫とリリーが並んでいると、じつはこんなに大きさがちがう。

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うちのようなデカ犬だと、最低限のしつけを入れないと飼いきれなくなるリスクが高い。だから、大型犬を飼っている人の多くはしつけに熱心な飼い主にならざるをえない。反対に小型犬だと、まあいいや、うちは小さい犬だからと最低限のこともやらずに問題犬を作ってしまう飼い主が、残念ながらまだまだ多いな、と管理人は思っている。いまのこの国では一般的な認識が、大型犬のしつけは義務、小型犬の場合にはオプション、と思っている人がまだまだ少なくないのである。

じっさい、一時期レスキューのお手伝いをしていたころ、里親会を見に来てくださったお客さまと、こんな会話をよくしたものだ。

「この犬は大きくなりますかね?」

「親がわからないから、保証はできませんけど……失礼ですけど、お住まいは集合住宅ですか? 体重制限とかあるんでしょうか?」

「いいえ、一軒家なんですけど……ただ大きくなる犬だとしつけしないとダメでしょう?」

チワワだってヨーキーだって、しつけしないと飼えねぇ〜よちっ(怒った顔)

しつけをせずに飼える犬はAIBOだけだっちゅぅのどんっ(衝撃)

むろん、んなことをお客さまはっきり言うわけにはいかないので、当たり障りのないように、犬のしつけというのは人間と犬が楽しく暮らしていくための最低限のルールを作ることで、どんな人にもできることで、自分の犬を一生可愛いと思って大切に育てていくためにはぜったいに必要な作業なのだ、と説明したものだ。

そうやって話をしたお客さまの何人がそれをわかってくれたか、はわからないし、もしかするといまごろ「ご意見無用」のツッパリチワワを飼って、手足を傷だらけにしているかもしれない。まっ、それはそれで個人の自由だし、捨てずに飼ってくれているのなら、管理人がとやかく言う話ではないのだが……

何はともあれ、犬を見れば飼い主がわかる、と管理人は常々思っているのだが、リリー嬢のようすを観察するかぎりは、リリーパパはちゃんと犬を飼える立派な犬飼いだという印象を受けた。

リリーはpapaが会社に行っているあいだ、ずっと独りでお留守番してるんだけどねぇ〜世の中には、そんなひどい環境で犬を飼うなんて最低だ、って口から泡を飛ばして叫ぶ人もいるんだけどねぇ〜

じつに皮肉なことに、リリーはとってもいいコに育っている。なんか、変なのって思いつつ、仕事に戻りたくないために、現実逃避してボーといろいろ考えてしまう管理人なのだ。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

犬のパンツ

犬猫屋敷の御用達の犬具商人、越後屋がネットショップをオープンした。かつてはビビリ犬の代名詞だった愛犬ポセにあうように、軽くて負担が少ない首輪やリードを手作りしているうちに、これってもしかして商売になる? と思いたったのが、犬具屋Shy Dogの始まりだ。

ディーの闘病生活を経験して、じつは管理人も、軽くて丈夫で、犬に負担の少ないカラーやリードの重要性を身をもって体験した。ちょうど一ヶ月前のいまごろ、管理人は毎日、病気のディーを連れて短い散歩に行っていた。犬猫屋敷のトリオのようなデカ犬用の犬具というのは、どうしても金具がごつく重くなる。ふだんはあまり気にならないが、体力が衰えたディーにはそれだけでもそうとうの負担だったのだ。思わずフリーにして歩かせようかと思ったほど、最後はナスカンの重みが身体に堪えていた。

ディーが病気になって初めてわかったことだが、犬たちはいつもその重みを感じで散歩をしているのだ。これは由々しき事態であると思っていた管理人のところに3ヶ月ぶりに越後屋から千載一遇の電話が入ったのだ。

ちなみに、管理人と越後屋はこの春3ヶ月間絶交していた。きっかけは、いまとなっては覚えていないような些細なことだったのだが、とにかく、一時越後屋は管理人の「殺したい奴リスト」のトップに輝いていたのである。

管理人たちが喧嘩するのは、じつはあまり珍しいことではない。周りも、

「またやってるよ、どうせまた1週間もすれば仲直りするんだから、止めときゃいいのに……」


と呆れるほど、わりとしょっちゅう諍いを起こすのだ。だが、今回はふだんの喧嘩とは規模がちがった。何しろ最後には

「おまえの母さん、でべそ!」

「ついでにおまえもでべそじゃないか!!!!!」


てなところまでいってしまったのである。



やはり、でべそはいけない。



世の中、言っていいことと悪いことがある。だが、頭に血が昇ると小学校2年生レベルの会話になる管理人たちは周囲の呆れた視線にもめげず、派手な喧嘩を繰りひろげたのである。

で、その後3ヶ月間、お互いを「殺したい奴リスト」の筆頭に掲げたまま何やかんやと忙しく暮らしていた。ところが、ディーが病気になったことがきっかけで、また連絡をとりあうようになったのだ。人間、愛犬が瀕死の重症で伏せっているときは、でべその恨みも忘れるものだ。

夏休み前に大喧嘩して、新学期になるとけろっと以前のような親友に戻る小学生のごとく、管理人たちはふたたび悪友に復活したのである。長すぎた春休み中にいろいろ考えたおかげで、ふたりともちょっと大人になって、無事小学校3年生に進級できた。むろん、どっちが先に何回ごめんと言ったかについて、またもや揉めたのは言うまでもないが……

ともかく、そんなこんなで交流が再開した管理人と越後屋だが、今回越後屋が持ってきたオファーは美味しすぎるものだった。

「なあなあ、寝るとひやっとするドッグベッド欲しいっていってなかった?」

「欲しいよ。でも高いから買えない」

「おれんち、こんど犬具や始めんだけどさ、お客さまモニター募集中なんだけど……」

「それ、何すんの?」

「うちの製品使ってみて、使い心地とか改善点とか指摘してくれればいいの」

「それって、タダでドッグベッドもらえて、おまけにぼろくそに文句いっていいってこと?」

「……できれば前向きな意見が聞きたいんだけど」

「でも、タダでもらったものに好き勝手言っていいってことでしょ?」

「まあね」

「やるわ」

というわけで、管理人はしっかりドッグベッドをタダでせしめてすっかりご機嫌になったのだ。

「いちおう、うちのメインはカラーとリードなんだけどさ」

「ふ〜ん、誰がデザインしてんの?」

「生地選んでるのは、オレ」

「いらない」

「…………(気を取り直して)姫に可愛い女の子っぽい奴作ってやるよ。お客さまモニター用にさ」

越後屋のセンスで女の子っぽい可愛いの、といったら、ぜったいにピンクのフリフリでハートやらリボンが飛び散ったようなとんでもない物を持ってくるに決まっている。飼い主だから断言できる。姫にはピンクは似合わない。

「うちの犬具は軽くて丈夫っていうのが売りでさ」

「軽いの?」

「そうそう、金具は強度が同じ中で一番軽いのを選んでるのね」

「ほぉ〜」

「それにコットンだから抜群に軽いし、簡単に洗えるし」

「なるほど……」

「そうだなぁ〜、カイは黒いから、赤なんか似合うよな。たとえば魚偏の漢字とか……」

「魚偏の漢字?」

「そう、寿司屋の湯飲みに書いてあるような奴」


越後屋のセンスはアタリかハズレか、管理人に言わせると両極端だ。今回はどうやらアタリのほうに振れているらしい。

「ス・テ・キ! それ欲しい!」

「だろ? ぜったいイケテルって思ったんだ。買ってきたときは、そんなの誰が使うって周りから非難囂々だったんだけどさ……」

「他にはどんな柄があるわけ?」

「そうだなぁ〜空豆とか?」

「姫は、それだわね!」

けっきょく、他にもいろいろ柄があると聞いて、久しぶりに犬たちを遊ばせるついでに、店主自らが車を飛ばして我が家に反物を持ってやってきた。

「おひいさま、こちらの水玉柄なんか、よくお似合いでございますよ」

「いいわね、それいただくわ。リードも一緒に。いつものようにつけにしておいてね」

「現金で払え!!!」

ちなみにShy dogのカラーとリードはすべてオーダーメイドの手作りだ。だがサイズ表を見る限り、うちの子たちはLサイズでも入らない。

「ちょっと、Lサイズまでしかないんじゃ、2頭とも入らないじゃないの!」

「オーダーメイドだから、サイズに合わせて作るんだよ」

「でも特注は追加料金とるんでしょ? 材料費がかかるから、とか言って……どうせデカ犬はお金がかかるようにできてんのよねぇ〜」

「うちは追加料金なしよ。材料費は少し高くなるけど、大型犬用のほうが作る手間は楽だから」

「あんたが神さまに見えてきた。じゃあ、こっちの黒いのとストライプのも一緒に注文する!」

というわけで、現在管理人とデカ犬コンビは、おあつらえの首輪リードのセットが届くのをわくわくしながら待っているのだ。友だち相手なので、思いっきりわがままにリードも我が家で使い易い長さで作ってもらうことにした。

デカ犬用だと、たかが首輪とリードでもけっこうな値段がするものだ。洗い替えにいくつか欲しいと思っても、けっきょく実用本位の丈夫で長持ちなものを選んでしまう。

「その日の気分で、首輪を変えていろいろ楽しんでもらいたいんだよ。だから当店ではお求めやすい価格でよい製品をご提供しております。首輪をTシャツ感覚で……」

「パンツみたいなもんね!」

「パ……パンツ?」

「そう、パンツ! パンツって洗濯したときのためにたくさん持ってないとダメじゃない!」

「なんで、パンツなんだよぉ〜」

「だって、パンツっていつでも履いてるもんじゃない。犬にとっては首輪はいつもつけてるもんでしょ? だから首輪は犬のパンツなの!!」

「オレは犬のパンツ屋か?!」


ちょっと高級なランチを1回食べるお値段で、愛犬に可愛いパンツ首輪を買ってやれるのなら、貧乏飼い主の懐だって大して痛まない。季節によってどんどん新柄が出るようだし、こまめにチェックすればこれは!と思う逸品に会えるかもしれない。

犬猫屋敷御用達の犬のパンツ屋具屋Shy Dogをどーぞご贔屓に!
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 13:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

衝動買い

DJを見送ってようやく一息ついたころ、管理人はストレス解消のために自棄買いに走った。ふつうは服やアクセサリーをしこたま買い込んで憂さを晴らすところなのだろうが、そこで犬用品専門店のネットショップに駆け込むところが管理人の管理人たるところである。

自分の服なんて買ったって、どうせ出不精なんだから着ていくところもありゃしない。同じ金を使うなら、意義ある使い方をしたい、と思うところが貧乏人の哀しさである。

で、いつもサプリメントやら耳の洗浄薬を買っているアメリカのサイトに行ったところ、すご〜くいいものが目に止まった。

ファーミネーターが21ドル!?

これはもう買うしかないっしょ!

日本で買うと通常価格1万円近くするものがネットで5千円前後で売られている。我が家はツチノコ兄弟がダブルコートバシバシのもじゃもじゃ犬なので以前から欲しいとは思っていたのだが、いかんせん管理人の金銭感覚では犬のブラシに5千円も払うのは高すぎる。仕方がないので、入手した金持ちのお友だちにこんど貸してもらおうっと思っていたのだが、2千円くらいなら買っちゃってもいいかな? と自棄買いモードの管理人は考えた。

むろん、2千円でもやっぱり犬のブラシとしては高いのだ。今回自棄買いついでに管理人が購入したふつうのグルーミングブラシは、どれも日本円で300円前後のものばかりである。

正直、日本はどうしてこう犬用グッズが高いのだろう、と貧乏飼い主はため息をつく。たとえば日本で正規品だと7、8千円は軽くするプレミアフードはあちらで買えばせいぜい3千円前後である。じっさい管理人の知っているアメリカ人の金銭感覚からすると、それでもじゅうぶん高価なのだ。何しろステーキ用の肉が1Kg千円前後で買える国である。犬の食費に月に3千円も費やすのは、ものすごく贅沢なことなのだ。

たとえば管理人がアメリカのサイトから定期購入しているサプリメントは、日本では600錠入りで3千円前後で売られている。ところが、これを直接輸入すると1000錠入りが千円以下で手に入る。垂れ耳犬ばかりの我が家では耳の洗浄薬は生活必需品である。日本で通常手に入る1800円ほどの小瓶だと3ヶ月も保たないのだが、同じものが、倍入った大瓶で、アメリカのサイトだとこれまた1000円しないで入手できる。

日本の犬グッズって高すぎる。ぜったい、ぜったい高すぎる、と大量消費が基本のデカ犬飼いの貧乏人は心の底から思うのだ。

でもたぶん、売れるからこんな値段でもみんな買うんだよなぁ〜というより、たぶん日本では「犬」といったら基準が10kg以下の小型犬なのだ。先日もつくづく思ったのだが、日本のデカ犬率というのは極端に低い。人気犬種はあいかわらず抱っこできる小型犬ばかりだし、うちの犬たちのサイズだと「超ビッグ」と言われてしまうのだ。むろん、住宅事情がちがうせいもあるのだが、アメリカに連れて行ったら、うちの犬たちを見て「大きい」という人など誰もいない。犬といったらあれくらいのサイズがごくふつうなのだ。だが、日本では犬入店可と書いてある店でも、うちの犬はちょっと大きすぎて迷惑かな?と思うことが多々ある。

基準が小型犬の価格設定ゆえに、体重で計算していくとうちの場合はとてもお金がかかるのだ。たとえば正規品のプレミアフードだって、小袋で1ヶ月保つのなら、たいした出費にはならないだろう。だが、うちだとそれが1週間も保たないのだ。スーパーで売っている1kgのサイズだと、3頭いたころは3日ぺろっと平らげていた。おやつ類にしてもそうなのだ。これはうちのコも喜ぶだろう、たまには奮発して買ってやるか、と思っても20g入りで600円という表示を見ると、うちのコにやったら10秒で味わう間もなく飲み込む、と思うだけで買ってやる気も失せるのだ。

けっきょく大型犬はお金がかかるようにできている。そうすると犬を飼うとしても金がかかるので、小型犬を、ということになり、ますます小型犬率が上がっていく。貧乏人のデカ犬マニアには、暮らしにくい世の中なのだ。

とはいっても、無条件に大きな犬が好きなのだから仕方がない。だから、管理人はない知恵を絞って、せっせと欧米のペット用品サイトで必需品を買い集めているのである。

で、問題のファーミネーターだが、皆さまの評判たがわず、たしかに面白いくらいに毛がとれる。夢中になってカイを追っかけ回していたら(途中でもうひとつ今回購入した爪切りを使ったところ、爪切り嫌いのカイは大慌てて逃げだした)なんと、こんなところに緊急避難……


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やったね! 我が家のクレートトレーニング、完成でございます!
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 17:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

ポジティブで行こう!

良き犬飼いは脳天気である。

これは管理人がかねがね思っていることだ。脳天気な楽天家が良い犬飼いになれるのか、はたまた犬と暮らしているうちに脳天気になっていくのかは解らないが、一目見て「おっ、こいつは良い犬飼いだな」と思う飼い主の多くは思いきり脳天気でポジティブだ。

ごくたまに、世をはかなんだように眉間に皺を寄せたマイナス思考の犬というのも見かけるが、犬というのはほんらい脳天気でポジティブな生き物だ、と管理人は思っている。だから、そういう犬と暮らす以上、飼い主のほうもそういう思考回路でいるほうがずっとヘルシーだと管理人は思うのだ。

この世に星の数ほどある「犬の問題行動についてのサイト」を見に行くたびに、管理人はちょっとネガティブな気分になる。あれもこれも我が家の犬に当てはまる。もしかしたら、うちの犬ったら問題犬?! と暗澹たる気分になるからだ。

だが、犬猫屋敷の「問題行動」の定義は、飼い主が「こりゃ問題だわ。矯正しないとうちではもう飼いきれない」と思う行動、と決まっているので、そういうサイトを見てしまったとしても、ふ〜ん世間ではこんなことも問題行動って呼ばれちゃうんだ、とまるで他人事のお気楽気分である。

ちなみに世間でいう「問題行動」は我が家では、「追々直していかないといけない悪癖」と呼んでいる。今すぐにどうにかしないとならない、というわけではないが、決して褒められた行いではないので、日々の生活で少しずつ矯正していけばいいと思っている。

以前、管理人が毒キノコの幻影に悩まされていたころ、姫さんのお食事前のリサイタルについて「それは問題行動であり、犬はこれこれこういう理由でストレスを受けていて云々」とわざわざ言いに来たお節介な奴がいた。ふつうの精神状態なら「だから?」と軽く返すところなのだが、毒キノコの毒にとっぷり浸かっていた管理人は過剰反応の発作を起こした。

管理人はいままでどんなことが起こっても、決して犬を捨てるなどというオプションは考えてもみなかったが、あのときは一瞬、こいつがいるせいで世間からあれこれ言われる。こいつさえいなければ、ととんでもないことを考えたのだ。

忠告しに来た人にしてみれば、よかれと思ってしたことだろうが、結果はまるで逆効果だった。管理人がもし育犬ノイローゼで「もうダメだ、これ以上この犬は飼いきれない」と悩んでいたとしたら、おそらく犬を手放す最後の一撃になっていただろう。

だいたい、ふつうの常識人ならば他人の子どもをつかまえて、「アンタの子はこれこれこういうところが問題だ。こうすれば治るから矯正すべきだ」などという失礼なことは決して言わないだろう。ましてやそのお節介な人間が、育児書を十冊読んで子どもを1人育てただけなどというケースはありえない。ところが犬の世界ではそれがまかり通ってしまうのだ。なぜか犬の飼い方については「これこれこうすべきである」と他人に口だししてもいいと多くの飼い主が誤解している。

だが、飼い主と犬の組み合わせによって、ベストの飼い方は何万通りもあるはずなのだ。それを「うちは○○で成功したからそうすべきだ」とか「XXさんの本にはこう書いてあったから、アンタの飼い方はまちがっている」などというのは、はっきり言って大きなお世話である。

先日犬友と電話で話しているときに、うしろで愛犬が吠えている声が聞こえた。いわゆる警戒吠えの声だったので「誰か来てるよぉ〜」と言ったところ「宅急便の集配だ」と答えたあと、いきなり「うちは、これ直すつもりないから」と言われた。一瞬、管理人はマリアナ海峡よりも深く反省したのである。

もしかして、管理人もお節介ババアになってた?

世間で言われる問題行動だって、飼い主の考え方しだいでどんな風にも見えるものだ。ものは考えようとはよく言ったもので、無駄吠えというと問題行動だが、お歌を歌っていると思えば同じ鳴き声でもちがって聞こえてくる。姫の食餌前のリサイタルについても、誰がなんと言おうと管理人は可愛い、これは姫の持ち芸だ、と思っている。何しろ食器をがちゃがちゃいわせる音が聞こえたとたん、キッチンに飛んできて、メニューを確認し、大好きなおかずが並んでいると、とたんにその場で歌い踊るのだ。あまり好きではない献立だと、踊りだけで歌はつかないのがご愛敬。お客さまが来ているときは、思わず「見て、見て、姫の食餌前のリサイタル!」と胸を張って自慢すらしてしまう。

もし犬猫屋敷が、姫の歌や踊りで近所から苦情が出るような集合住宅だったとしたら、むろんすぐに止めさせる。だが、ここは野中の一軒家なのだ。もう半世紀もここに居を構えているせいで近所づきあいも濃厚だ。だから多少の吠え声では苦情は出ないし、かえってうちに犬がいるせいでこの近所は空き巣の被害が一件もないと感謝されるほどなのだ。むろん、きちんとオスワリをして皿が目の前に置かれるまで待つのが美しいのは解っている。だが、必要ないのに犬にあれしろ、これしろ、というのは管理人は好かないのだ。

たしかに、問題行動の解決に全力を注いで頑張っている飼い主さんというのは立派だとは思う。だが、うちの子がまた何かしでかすのではないか、とドキドキ、おろおろしながら犬と生活するくらいなら、許せるところは「これはこのコの個性なのだ」と受け入れることで適当にあしらうお気楽さもまた必要なのだと、管理人は思っている。

管理人は完璧とはほど遠い人間だ。だから、犬にも完璧さなどは求めない。のんびり屋で気分が乗らないとコマンドに従わないのなら、それでもけっこう。嬉しくなると思わず歌い踊ってしまうのなら、それはそのコの個性なのだ。できるところは採りいれて、いらないところは切り捨てて、そうやって飼い主と犬にとってベストの飼い方を見つけていくのが、不幸な犬を減らす一番手っ取り早い近道だと管理人は思っている。

血まみれになっても、痣だらけになっても、それでもうちの犬は最高!と言えると脳天気な飼い主は、決して犬を捨てたりしない。世間から見たら問題だらけの飼い主と犬であっても、そういうペアが増えていけば、少なくとも捨てられる犬は減っていくのだ。

落ちつきのないやんちゃな悪戯犬は、見方を変えれば好奇心旺盛な可能性あふれる名犬予備軍だ。臆病なビビリ犬は、おとなしくて飼いやすい最高のパートナーだ。犬は飼い主に変われなどとはいわない。だから、飼い主のほうも犬に過度な期待をかけるべきではないのだ。99の良いところがある犬のたったひとつの欠点を矯正しないと、と思いこむくらいなら、目をつぶれるところはつぶってみるのも、ひとつの方法だと管理人は思うのだ。

うちの犬は問題犬だとくよくよ悩んで一生過ごしても、これは個性だと開き直ってどっしり構えて暮らしても、時間は同じように過ぎていく。犬の一生はほんとうに短い。ならば思いきり楽しんだ方がお得だよ。

脳天気であることは、悪くない。少なくとも犬を飼うにあたってはこれも長所、と管理人は信じている。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:57| Comment(7) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

毒キノコ

管理人は、いわゆる世間でいうところの帰国子女である。

帰国子女というと人は「まあ外国語ができて羨ましいわね」と単純に思うらしいが、じつは外国語が苦手な帰国子女というのもいる。「英語の苦手なアメリカ帰り」ほど悲惨なものはない。いまでこそ、英語を飯の種にしている管理人だが、じつは三十路をすぎるまでは英語が大の苦手だった。

多感な時期を海外で過ごした管理人が、あの生活から得たものは、語学力でも国際人としてのセンスでもなく、度胸と開き直りと立ち直りの早さだ。帰国子女の親はたいてい

「子どもなんて現地に行けば言葉なんてすぐ覚えるし、けっこうやってけるものなんですよ」

と割と軽く考えているが(うちの親はこの典型)、じっさい、いきなり言葉もわからない環境に放り込まれる子どもの立場としては

「んざけんなよ! そんな甘いもんじゃねぇんだよ!」

という気分である。ちなみに親の多くは外国の地でも日本と変わらぬ暮らしかたをしていく。日本企業の現地事務所で日本人に囲まれて働き、日本から送られてくる1日遅れの新聞を読み、日本語放送を見ながら、駐在日本人のコミュニティー内で人づき合いをしていく。それに比べて、現地校に放り込まれた子どものほうは、すぐに言葉を覚える、のではなく、覚えざるをえないのだ。生きていくためにはその場に順応していかざるを得ない。だから外国語もすぐに喋れるようになるし、外国人とのつきあいかたも自然と身につくようになる。

子どもというのはどこの国でも残酷なところがある。だから言葉もわからない片言の英語を笑ったりはやし立てたりするものだ。そういう経験を繰りかえすと人間度胸が据わってくる。

「ふん、じゃあ、てめえらは日本語が喋れるってぇのかよ! あいうえおって書けるもんなら書いてみろ!」

そう思った瞬間に外人が怖くなくなるのだ。身振り手振りだろうが言いたいことが伝わればいい。開き直ると人間、誰しも強くなるものだ。

辛い日々も、すぎてしまえば笑い話だ。夜明けの来ない夜などないのだと、子どもなりに体験し、多少落ち込むことがあっても割とすばやく立ち直ることができるようになる。周り中から「いま鳴いていたカラスがもう笑った」と呆れられるような管理人の立ち直りの早さは、あのころの経験からきたものだ。

これは外国に行った年齢や滞在期間によってちがうので、帰国子女が一概に皆そうだとは言えないのだが、多くの帰国子女が2度大きなカルチャーショックを受けることになる。

ひとつめは最初に外国に行った瞬間。見るもの聞くものがすべて珍しく、言葉も習慣も違う外国に着いたとき、人は多かれ少なかれカルチャーショックを受けるものだ。これはもちろん大人も同じなので、この体験は親と共有できるものだ。だが、2度目のカルチャーショックに関してはおそらく子どもだけが感じるものである。なぜなら、日本人としてのきちんとしたバックラウンドができあがった大人は、これを感じるはずがないからだ。

2度目のカルチャーショックは日本に帰ってきたときに起こる。外国ではずっと外人だった自分が、母国に帰ってきたはずなのにしっくりそのなかに溶けこめないのだ。

「おかしい。こんなはずはない。わたしは日本人なのに。あちらではずっと外人扱いされていたけれど、帰ってくればもう外人じゃなくなるはずだったのに……」

でも自分は外人なのだ。日本人の親から日本で生まれ、日本語を話している自分が、完全に日本という国に溶けこめないというカルチャーショックは第一のそれよりもずっと大きい。小難しい心理学用語で言えばアイデンティティーの崩壊ということになるのだろうが、ここでもまた帰国子女は、異なる社会に溶けこめるよう孤軍奮闘せずにはいられなくなる。

正直それがどういうものであるか、言葉で説明するのは難しい。ありていに言えば日本人であるにもかかわらず、あ、うんの呼吸に疑問を呈してしまう妙な日本人とでもいうのだろうか、ふつうの日本人なら不思議とは思わないことに「なんで?」と質問したくなる。帰国して早数十年が経ち、菊のご紋が入った真っ赤なパスポート(いまは紺になったんだっけ?)を持つ管理人だが、じつはそのうちの数パーセントがいまでも外人なのだ。
だからふつうの日本人が気づかないところが目についてしまう。

「日本人って○○だよねぇ〜」

じゃあ、おまえは何人なんだ!? ふつうの日本人ばかりのところではなるべく口にしないよう心がけているのだが、管理人の頭の中にはつねにこんなことが渦巻いている。これを気にせず言えるのは、帰国子女同士で会話するときだけだ。ちなみに、帰国子女同士の会話では言葉がチャンポンでもかまわないので、これも楽なところなのだ。管理人は英語の会話はいまだに苦手だが、バイリンガルというのはじつは英語と日本語のどちらかがそのときによって頭に浮かんでくる。これも言葉で説明するのは非常に難しいのだが、日本語で会話しているのにもかかわらず、返答が英語で浮かんでくる瞬間があるのだ。ふつうの日本人と話しているときは、それを瞬時に日本語に置き換えて話す。だが、中には完璧に置き換えられない言葉というのもあって、そうすると言いたいことが完全には伝わらない、というフラストレーションを覚えてしまう。

人は誰しも、知らず知らずのうちに毒キノコを食べてしまう瞬間というのがあると思う。何が毒になるかは、その人の生い立ちやいままでの人生によって変わってくる。ある人にとっては無害なマイタケだって、他の人にとっては毒キノコになる。毒が効いているあいだは、幻聴が聞こえるし、冷静な判断力も失う。

おそらく昨年の末から今年の前半にかけて、管理人は毒キノコを知らず知らずに食べていたと思う。だから、いま思えばなんでもないことにくよくよしていたし、過剰反応を起こしていた。ふつうは、あのころのことを思うと恥ずかしくて人前になど出られないはずなのだが、それでもこうしてのこのこ、また姿をあらわすところが立ち直りの早い帰国子女のいいところだ(←ポジティブな姿勢も帰国子女の特徴)。

管理人にとっての毒キノコは「ねばならぬ」と言われることだ。「みんなが○○だからこうしなさい」と言われることは、なんとなくどこかこの社会からはみ出していると常々感じている管理人にとってはとても居心地の悪いことなのだ。それでも多くの場合は周りに合わせることを知っているし、一見とけ込んでいる風を装うことには子どものころから慣れている。それでも、度が過ぎるとそれが毒キノコに変わる瞬間がある。

どうせ自分ははみ出しものなんだ。やっぱりここでも自分は外人扱いだ、と思ったとき、毒キノコの効果が現れて幻聴が聞こえたり幻覚が見えてしまうのだ。

毒キノコのいいところは、いつかその効果も切れるということだ。むろん、どんどん追加で毒キノコを食べ続ければ一生治らないこともあるだろうが、たいていは時間が経てば

「あれ? 何やってたのあたしってば?」

ということになる。管理人には幸い数少ないが良い友人が周りにいるので、毒キノコの幻覚に踊らされて口汚く他人の悪行をののしる管理人にしっかり冷や水を浴びせてくれる。そうすると我に返って次の毒キノコに手を伸ばさずに済むのである。

毒キノコを憎んで人を憎まず


毒キノコではなく人を憎んだ瞬間に、人は次の毒キノコに手を伸ばしているのかもしれない。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 17:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

当たってる?!

成分解析というサイトを見つけた。適当な言葉を入れると、機械がランダムに言葉をあてはめて、それに関する成分解析をするという、よくあるウェブ上のお遊びサイトなのだが、仕事の合間の気晴らしにいろいろ思いついた言葉で試してみた。

犬猫屋敷の管理人の解析結果

犬猫屋敷の管理人の60%は宇宙の意思で出来ています
犬猫屋敷の管理人の26%は媚びで出来ています
犬猫屋敷の管理人の7%はマイナスイオンで出来ています
犬猫屋敷の管理人の6%は理論で出来ています
犬猫屋敷の管理人の1%はミスリルで出来ています

ほぉ〜やっぱり犬猫屋敷の再開は宇宙の意志だったわけだわーい(嬉しい顔)
だが媚びが1/4を占めるっていうのが気に入らない。管理人は決して人に媚びたりしない誇り高い人間なのに。そうだ、管理人が媚びることなどありえない。相手が金持ちで権力者で美味しいものをただで食べさせてくれるとき以外は……

DJの解析結果

DJの54%は華麗さで出来ています
DJの27%は言葉で出来ています
DJの7%はお菓子で出来ています
DJの7%は濃硫酸で出来ています
DJの5%はアルコールで出来ています

やっぱりね、そうそうディーの半分は華麗さでできていた。なかなか当たってるじゃないの、これってば!

カイザーの解析結果

カイザーの51%は宇宙の意思で出来ています
カイザーの36%は蛇の抜け殻で出来ています
カイザーの7%はお菓子で出来ています
カイザーの4%は成功の鍵で出来ています
カイザーの2%は言葉で出来ています

脱け殻ってところに妙に納得。

ツチノコ兄弟の解析結果

ツチノコ兄弟の59%はカルシウムで出来ています
ツチノコ兄弟の31%はスライムで出来ています
ツチノコ兄弟の6%は気の迷いで出来ています
ツチノコ兄弟の2%はミスリルで出来ています
ツチノコ兄弟の2%は成功の鍵で出来ています

ツチノコ兄弟は生まれつき骨太さん!

そして、オチはやっぱりこの方……

姫の解析結果

姫の75%は気合で出来ています
姫の9%は濃硫酸で出来ています
姫の8%は言葉で出来ています
姫の7%は心の壁で出来ています
姫の1%は成功の鍵で出来ています


そうじゃないかとは思ってたよがく〜(落胆した顔)
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 21:58| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

オイ、ジダン!

妙な夢を見て明け方に目が覚めてしまった。

ふだんはリラックスして安眠できるよう、寝る前は好きな本を読むことにしているのだが、現在またもや納期に追われる身ゆえに、眠くなるまで仕事の資料を読んでいたせいかもしれない。ともかく、時計を見るとちょうど4時を少し回ったところだったので、どうせ起きてしまったのだからちょっとだけ決勝でも見てみるか、とテレビをつけた。

今回のワールドカップは、ディーの病気がわかった直後に始まったこともあって日本の試合も含めてほとんど何も観ていない。いちおうダイジェストなどでどこが勝ち進んだかくらいはチェックしていたのだが、せっかくだから決勝ぐらいはちゃんと観ようという気になったのだ。

少しだけ観て、眠くなったら寝直そうと思っていたにもかかわらず、けっきょく結果が気になって最後まで観てしまった。

だって、ほんとうにどっちが勝つかわからない、ものすごい試合だったんだものがく〜(落胆した顔)

それにしても、一気に腰が抜けたのはジダンの一発退場だ。怪我をしてもそのままピッチに残り、これは根性で最後フランスが勝つのだろうかと思っていた矢先に、試合の進行とはまったく関係ないところでいきなり喧嘩でレッドカードときたもんだ。あそこで退場しなければ、勝っても負けてもジダンはフランスの英雄として歴史に名を残しただろうに。にもかかわらず、あそこでああいうことをするあたりが、ジダンらしいと言えばジダンらしいのだがふらふら

いずれにせよ、サッカーについてはド素人の管理人が観ても、やっぱり世界の水準は高いのだとしみじみ思った。すみません、日本チームも予選突破とか期待したわたしがバカでしたって気分になった。だって素人目で見ても、ぜんぜん試合運びがちがうもの。フランスとイタリアの試合は、ピッチが狭く見えたもの。イタリアチームなんて30人ぐらいいるんじゃないかと思ったほど、いつでもどこでもボールの飛んでいく先に人がうじゃうじゃいたんだもの。

はぁ〜遠いな日本チームの予選突破。管理人が生きているうちに、果たして決勝リーグに進める日は来るのだろうか(ため息)

ちなみに、同世代の友人と先日サッカーの話をしていたところ、日本戦って怖くてまともに観られないよね〜という話になった。もともとサッカー好きという人以外だと、管理人たちの世代の人間は、最初に観たサッカーの大きな試合が1993年10月のアメリカワールドカップアジア地区予選の対イラク戦、通称「ドーハの悲劇」という人もじつは多いのではないかと思う。管理人も友人もそういう1人で、ぜったい勝ちと思っていたのに、いきなり最後の最後で点を入れられ一発逆転というさまを最初に観てしまったせいか、いまだに日本戦は落ちついて観ることができない。だいたい当時はロスタイムなんてルールも知らなかったくらいだし、90分終わったのになんでよ!とTVの前で騒いでいた記憶がある。1点や2点の点差では、

「きっとまた逆転されるんだ、最後にゴールされて負けるんだ」

と、とても不安な気持ちになる。その後何度も日本の勝ち試合を観ているにもかかわらず、ここまでくると立派なトラウマである。おそらく、30対1くらいで日本が勝っていないかぎり、管理人が心静かに日本戦を観戦できる日は来ないだろうと思っている。

管理人がまだ頬っぺツルツルの中学生のころの話なので、かれこれ10億年ぐらい前のことになるが、管理人の中学ではなぜか男子(男の子じゃなくて男子なのだ!)のあいだでサッカーが異常にブームになっていた。都内とはいえいちおう立派な校庭があったのだが、サッカーピッチがようやく1面とれる広さで、その1面を確保するために、クラスのなかでもとくに脚の速い子が、授業が終わると同時にサッカーボールを持って校庭に向かってダッシュしていた。ちょっとでもスタートが遅れると、他の学年の子に場所をとられてしまうので、サッカーには参加しない女子も含め、なぜかクラス一丸となってチャイムが鳴ると同時に授業が終わるよういろいろ画策したことを思いだす。

あのころの同級生たちも、おそらくいまや立派なお父さんになっていて、いまごろは眠い目をこすりながら愛するわが子のために働いているのだろうと思うと、思わず微笑みがもれてしまう。我が子はいないが、同じくらい金がかかる愛犬のために、管理人も眠い目をこすりながら仕事に戻るとしましょうか……

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ちょっと、ご飯まだ?

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

もったいない

将軍さまんとっからミサイルが飛んできた。おそらく歴史に残る大事件なのだろうが、お気楽姉妹はいつものごとくチャラケて将軍さまの心理分析をやっている。

「せっかくドイツを応援してたのに、セミファイナルで負けちゃったから、コイツコイツ!って目の前にあるボタンを押しまくっちゃったとか?」

いちおう一国を率いる指導者なわけだし、そんなことはありえないが、いい歳してディズニーランドに行ってみたいというだけで密入国して見つかってしまうような人のオヤジである。もしかしたら、もしかするってこともあるかもしれない。

ほんとうにミサイルが落ちてきて、当たっちゃったりしたら、たぶんすごく痛いのだが(痛いだけじゃ済まないと思うふらふら)生まれたときから平和ボケしたこの国で暮らしていると、お隣さんがじつは軍事国家だったといわれても、なんとなくピンと来ないのだ。

一説によると、ミサイル1発発射するのに100億円あまりかかるらしい。管理人のような貧乏人にとってはそれがどれほどの金額かは想像もつかないが、飢えと寒さで年間何万にもの人間が死ぬ国で、1日に700億円を一気に使うっていうのは、どう考えても「もったいない」な、と小市民な管理人は思うのだ。同時に、貧困にあえいでいて、国際社会の援助が必要だとさんざん騒いでいる割には、一気に大金を使ってしまう将軍さまにはオイオイおまえ、と言ってやりたい。

「皆さんの暖かいお心が活動の唯一の手段です。手弁当で頑張ってます。どうか援助をお願いします」

と言われて、ようやくかき集めた寄付金や援助物資を持っていってみたら、運営事務所が六本木ヒルズにあった……みたいな違和感を覚えるのだ。

「お金がないんじゃなくて、使い方がまちがってんじゃないの、あんたらexclamation&question

いわば、そんな気分である。

700億円あったら、さぞやたくさんの人のお腹がいっぱいになるだろうに。ミサイル7発打ち上げる燃料を使えば、来年の冬を越せる家族はどれくらいいるのだろうか?

勘違いしたカウボーイハットのオッサンが、「世界に自由と民主主義を!」とか言いながらいきなり戦争をおっぱじめないのは幸いだが、経済制裁もやり方をまちがえると、貧しい人がますます食べられなくなるよね。将軍さまのおかずが3品ぐらい減るのはじつに喜ばしいことだが、ただでさえおかずがない家族がご飯まで食べられなくなるのはやっぱり問題だ。

「日本人はもっと怒るべきだ」
「有事の対策に防衛の強化を!」

青筋立てて騒いでいるいわゆる専門家の発言を聞きながら、いいじゃん、平和ボケしてたって。平和ボケしている人間ばかりなら世界はきっと平和になるよ、と脳天気に思っている管理人なのだ。

「戦争になったら、あなたはどうしますか?」

「怖いから逃げます」

そんな腰抜けの、性善説を信じてる平和ボケした人ばかりならば、戦争なんて起こりようがないのだから。

それが証拠に、バセットばかりの集団ではぜったい喧嘩は起こらない。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

お友だち

雨は嫌いだもうやだ〜(悲しい顔)

トイレは基本的にお外が好きるんるんというディーが元気だったころは、雨が降ろうが槍が降ろうが毎日2回の散歩は欠かせなかったが、カイと姫は大小共にしたくなれば室内トイレで済ませるので、きょうのような1日中雨の日は散歩をさぼってみようかとも思ったのだが、けっきょく2頭とも律儀に我慢しているのを見て、嫌々ながら小雨になったタイミングを見計らってトイレ散歩に行ってきた。

以前は雨だと散歩のテンションが極端に低くなっていた姫さんだが、最近は雨だろうが嵐だろうが嬉々として散歩に出かけていく。たとえ、びしょ濡れになったとしても、家に帰れば身体を拭いてもらえて寒い思いをすることもない。人にふたたび飼われるようになって2年の歳月が経ち、ようやく姫もまたふつうの脳天気なペットの感覚に戻ったのか、はたまた散歩マニアの飼い主に飼われている以上、嫌でも散歩は義務なのだと考えているのかは知らないが、ともかく、最近はよっぽどひどい降りでないかぎり、雨の中のお散歩も姫にとっては楽しみになった。

物の本によると、臭いというのは湿気があるほうが強くなるのだそうだ。だから臭跡追跡犬が犯人や行方不明者を捜索する際も、ピカ天の日より雨上がりのあとのほうが、成功率が高いのだという。

出かける前は

「この雨のなか、ほんとうに行くんっすか?」 ふらふら

みたいな顔で飼い主を見上げるうちの方々も、いざ外に出てしまうと、雨に濡れるのも忘れたように、しきりに鼻をピクピクさせてあたりの臭いを嗅ぎまくる。セント・ドッグの血を引く彼らにとっては臭いを嗅ぐという行為じたいが何よりの楽しみであり、喜びなのだ。

ときには草むらや植え込みのなかに顔を突っ込み延々何かの臭いを嗅いでいる。臭覚が極端に弱い人間にはしょせんわからないことなのだが、そこにはきっと、とびきりの情報が書かれているにちがいない。

植え込みや生け垣に身体を半身つっこんで熱心に臭いを嗅いでいるうちに、妙なおみやげをもっらってくることがある。たとえばカイはしょっちゅう顔をプチプチだらけにしているし、姫だっていろいろつけてくることはある。

たとえば、知らず知らずのうちにお友だちが家についてきちゃったりとか……

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お邪魔しま〜す! 
初めましてm(_ _)m ナメクジと申します!


がく〜(落胆した顔) どうせ連れてくるのなら、せめてカタツムリにしてほしい(涙)
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 16:24| Comment(3) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

オイ、老い?!

電車に駆け込み乗車しようと走ったら、脚をつったもうやだ〜(悲しい顔)

電車に向かって走ったくらいで脚をつるような年寄りは、ふつう眠りが浅くて嫌でも早朝に目覚めるものらしいが、おかげさまで管理人はあいかわらず小学生なみに毎日爆睡している。だからとうぜんけさも目の前の電車に飛び乗らないとみごとに遅刻だった。ゆえに思いっきりダッシュしたところ右のふくらはぎがパコ〜ンといってしまったのだ。

数年前まで難なくできたことが、いきなりできなくなると、とつぜん歳をとったような気分になる。むろん、毎日少しずつ確実に細胞が死滅しているのだが、んなことはふつうは気づかない。

人間、自分の歳というのは都合よく忘れるものだ。管理人は定期を買わない生活を始めてすでに10年近くなるので、思いっきり自分の歳を忘れている。ギャーッ、アタシってもうそんな歳なの? と思うのは、自分と同世代のタレントやスポーツ選手の顔を久しぶりにテレビで観て「こいつも老けたな」としみじみ思うときぐらいだ。

むろん、見る影もなく老けている芸能人と比べると、自分は取り返しがつかないほど老化しているのだが、鏡さえ見なければそんな恐ろしいことには気づかない。人間、幸せに生きるためには見て見ぬ振りをすることも大切だ。

中田がいきなり引退宣言をした。本人はずいぶん前から心を決めていたようだが、誰にもいわずあっさり最後の試合が終わったあとで「あれがじつは引退試合でした」というところが、中田らしいという気もする。対して、シーズンはじめから宣言して、半年かけて引退試合をやっている新庄のような選手もいる。2人に共通しているのは、端から見るとまだまだできる、いま辞めるなんてもったいないと思うところだろう。だが、本人だけがわかる限界というものが来てしまったからこそ、ここで終止符を打とうと決めたのだと想像する。どこが引き際か、というのは本人にしかわからない。それがきっとプロの道の厳しさなんだろうな、と引退宣言したわりには、あっさり数ヶ月で戻ってきたキャンディーズのような自分は思うのだ。

それにしても、世界大会にはもう出てこないが、いまだに現役で頑張っているカズやゴン中山ってやっぱりすごいよ、と痛む脚を引きずりながら管理人は感動している。プロのスポーツ選手と素人のオバサンでは、しょせん鍛え方がちがうのだが、それでもほぼ同世代の彼らがピッチを走っている姿には感動すら覚えるのだ。この際だから、彼らには是非還暦まで何とか頑張って欲しいと思っている。

ちなみに、管理人とタメ歳の有名人(?):出川哲朗、ジミー大西、東海道新幹線

……なんか、文句あっかexclamation&question


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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:22| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月01日

再開のご挨拶

ご無沙汰しておりました。犬猫屋敷の管理人でございますm(_ _)mぺこっ

大見得を切っていきなりサイトを閉じてから早2ヶ月半、止めた当時はもう二度とネットの世界には関わらないと堅く心に誓ったのだが、けっきょくこうして戻ってくることにした。なんのことはない、またもや管理人の気まぐれである。

犬猫屋敷を閉鎖してからの2ヶ月半の間に、管理人の周りでいろいろと大きな変化があった。それについては、追々書いていくことにするが、ともかく、さまざまなできごとを経験して、管理人自身の心境に大きな変化があったのは事実だ。

要するに、あのころ我慢がならないとか辛いと感じていたことが、いまや、どーだっていいこと、に変わったのだ。それと同時に、あんな下らないことでくよくよしてサイトを閉じた自分が馬鹿馬鹿しくなった。だから、ふたたび犬猫屋敷を続けて行くことに決めたのだ。

とはいっても、まったく同じことをするつもりはないのだが……

今回は、肩の力を抜いて思いつくままにその日にあったこと、思ったことを書いていこうと思っている。管理人にとって書くという行為は良いストレス解消だし、そのこと自体はまったく負担にはならない。ただ調べ物をしたり、ネタ探しをしたりという時間はとれないので、書くことがなければその日の日記はお休みにする。以前のようにアクセス数を確保しようと一生懸命書くことはもうしないし、他人にメッセージを送ろうなどという大それたことも考えるのは止めにした。極端なことをいえば、明日またやる気が萎えてやっぱりもう一度閉鎖するなどと言い出すかもしれない。

いわば、お気楽飼い主が脳天気な犬と暮らすご陽気生活の記録である。世間に星の数ほどある「見て、見てうちの子たちって可愛いでしょう!!!」という飼い主バカサイトに成り下がることに決めたのである。今回は他人のために書くのではなく、管理人の楽しみのために書いていくのだ。

とはいっても、毒舌人生ウン十年の犬猫屋敷の管理人である。思ったことを書くだけでもじゅうぶん軋轢は生まれるだろう。今後、管理人の書くものを読んで不愉快に思われるだろう方々には大変申し訳ないのだが、管理人の主張、考えが受け入れられないというのなら、このサイトは見に来ないでいただきたい。まったく同じ意見の人間などこの世には存在しない。人それぞれに考え方はあるはずだし、管理人は他人の考え方を変えようとは思わない。同時に人に合わせるために管理人自身の考え方を変えようという気もない。だから今回の犬猫屋敷のテーマは明白だ。

「文句があるなら、見にくんな!」

それに関連して、というわけではないが、今回再開にあたって、いくつかブログの仕様を変えている。以前のサイトでは迷惑メールやスパムトラックバックが大量について頭を抱えたので、今回、メルアドは公開しないことにした。用があるかたはコメント欄にメルアドを入れて「メール希望」と書いてもらえば、こちらから連絡いたします。またリンクも一切こちらからは貼らないことにした。リンクを貼っているからといって、同じ意見を持っているとは限らないと思うのだが、そういう目で見られると嫌だと思うかたもいるだろうし、管理人としてはすべての個人団体と一切の関わりを絶ったうえで、個人のブログで個人の意見を自由に述べていきたいと思っている。

というわけで、最初から軋轢を生みそうな話ばかりで申し訳ないのだが、それでもいいと思うかただけ、脳天気な犬たちと飼い主のご陽気生活を楽しんでいただければ幸いだ。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 21:51| Comment(11) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする