2006年09月21日

引っ越し

拝啓

秋も深まってまいりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

とつぜんですが、このたび、犬猫屋敷は引っ越しすることとあいなりました。

新居はテンプレートも多く、鍵コメも使えるし、また楽しく遊べる無料のプラグインも一杯あって、とても暮らしやすい静かな良いところです。

お近くにお越しの際は、ぜひともお立ち寄りくださいませ。


                                  敬具


                                  犬猫屋敷の管理人

                                  2006年9月 吉日

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新しいうちにも、遊びに来てね!

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

素数

目の前にマーブルチョコが7つ。

黄色が2つに青が2つ、茶色が2つに赤が1つ。赤を食べちゃえば、6つになるな。ぜんぶ2つずつのペアーになるし、仲間はずれはいなくなって、なんとなく安心。

でも赤があるときれい。ぱっと目を引く。赤が2つだときっと多い。1つだからアクセントになる。

1とその数以外の自然数では割り切れない1より大きな自然数のことを素数という。2は別として(2も素数なのね)、なんとなくどれも出っぱりがあるような気がする数字だ。

管理人は、なんとなく素数が好きだ。

きっちり割り切れない、どことなくいびつな形がおもしろいと思う。

世の中には、マニアックに素数を追求している人のサイトもある。素数を使ったオンラインゲームなんてのもある。

深いね、素数……

参ったわ……

何色のマーブルチョコを口にいれるか。そんなことで悶々と悩む、秋の昼下がり。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 14:05| Comment(9) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

ありゃま……

出稼ぎから帰ってきたら、部屋に点々と黒っぽい染みがついていた。

こっ、これは!?!?! 

管理人がいないあいだに、犬たちが血を見る争いをしたか、この場で殺人事件でも起こったか、と思ったが、むろんそんな事実はない。

どうやら姫のヒートが始まってしまったようである。



あぁぁぁぁぁぁ〜なんて間が悪いの、アンタってばふらふら



冗談で、前日キャンセルもありとは言っていたが、ほんとうにこんなにギリギリになってドタキャンしなくてはならなくなるとはもうやだ〜(悲しい顔)

とつぜんの企画だったために、都合のつかない人も多かったのだが、それでもこぢんまりと楽しもうと思っていたのに。あれとこれを持っていって、明日は買い出しに行って、とそれなりに管理人はそうとう盛り上がっていたというのにたらーっ(汗)

おまけに、どうやら日曜日は天気がかなりよろしいらしい。これで台風でも来てくれればまだ諦めもついたものを……チッチッチッむかっ(怒り)

というわけで、残念ながら、今週日曜日に予定していた「犬猫屋敷、秋の園遊会」は今回は中止、10月に延期といたします。

楽しみしていてくださった皆さん、一生懸命予定を合わせてくれた皆さん、ごめんちゃいね!(深々とお辞儀)


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すまんのぉ〜

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

検索ワード

屋敷を再開して早丸2ヶ月、今回はアクセス数など気にせず、マイペースに好きなことだけ書いていくと宣言したわりには、いちおう世間の評判が気になって、毎日アクセス数をチェックしていたりするいたって小心者の管理人である。

ブログを閉じたとき、はっきり言って後先考えずのブチ切れ状態だったので、あっさりアカウントじたいを消してしまった。7月になって再開を決めたとき、まずったなとは思ったのだが、ダメもとでもう一度同じURLで登録処理をしてみたところ、あっさりそれが通ってしまったのは幸いなことだった。ネットの世界とは不思議なもので、継続は力なりという原則が常にある。たとえ弱小サイトであっても、同じURLで延々十年も続けていけば、そこそこ検索エンジンにも引っかかってくるものなのだ。それは途中でいったん閉じても同じことで、1ヶ月も経たないうちに、犬猫屋敷はまた検索エンジンでそこそこの位置に上がってくるようになった。

お仲間うちのコミュニティーというのだろうか、リンクを貼りあって、お互いにコメントを残して、というのもひとつのやりかたなのだが、それだとある一定の人数が同じサークル内でグルグル回っているだけという欠点がある。たとえば、犬の里親探しに興味のある人は、保護犬の預かり日記を回遊していたりするわけだが、同じ犬好きでも、たとえば、ブリーダーから純血種を買ってショーや競技会をめざしている人たちのサークルと里親探しのサークルはほとんど接点がないのがふつうだ。

いわば犬好きという水族館のなかで、マグロの回遊している水槽のとなりにエイがひらひらしている水槽が並んでおいてあるようなものなのだ。外から見れば皆同じ水族館にいるわけだし、犬好きというひとつの大きなサークルに見えるのだが、じっさいになかにはいると種別によってさまざまな水槽が置いてあり、それぞれがそれぞれの水槽のなかで仲間うちで楽しく回遊を続けている。

まっ、餌もちがうだろうし。水温なんかもちがうので、一概に混じれといっても混ぜられるものではないのかもしれないが……

で、それはともかく、基本的にネットの世界というのは、ある意味オタクの集合体で、誰もが皆好き勝手に自分の趣味を追求している。管理人のように犬が好きで犬との生活だけを延々毎日綴っている奴がいるかと思えば、フィギアを山ほど集めて、それを見せびらかすことに命をかけている人もいる。先日たまたま見つけたのは、送られてきたH系のスパムメールのなかで大笑いの内容のものだけを紹介しているブログである。日々数十通は軽く入ってくるスパムメールだ。そのなかから笑えるものだけ抜き出したって、たしかにネタには事欠かない。

そういう自分の世界に埋没している人たちをつなぐ役目をするのが検索エンジンである。管理人も仕事でよくお世話になるのだが、これはいったい何だろうと素人が思うような妙な世界に関して延々資料を集めて公開しているステキなサイトがあったりする。またそういうところには、同好の士が集まって(こんな奇抜なものにもマニアがいるのか?!と驚かされる)それなりに小さなコミュニティーを作っているのがまたおもしろく興味深い世界なのだ。ただ、管理人のように仕事で何かを探している以外は、めったにふつうの人はそういうマニア系のサイトを目にすることはない。ゆえにマニアックな世界はマニアックな人々のあいだで小さな宇宙を作っていく。

趣味でやっている分には、それでいい。べつにマーケットを広げる必要もないわけだし、ある一定の人数で仲良く楽しくやっていけば良いわけだ。だが、商売となるとそうとはいかない。なるべく多くの人の目に触れて初めて商品を買ってくれる人が現れる。ゆえに、ネットで金儲けをしようと思えば、必死になって検索エンジンの上位に上がってくるようさまざまな手段を施すようになる。巧く検索エンジンに引っかかるようキーワードを苦心して埋めこみ、確率の高い紹介サイトに登録する。たとえば、子ども向けのアニメのCMがおもちゃや子供服のばかりであるように、保護団体がペットショップや獣医にポスターを貼るのと同じで、潜在的な顧客が多いサイトを狙って広告を打って顧客を集めるのは、いわばネットの常套手段だ。ネットはタダで使える強力な広告媒体だが、細かいノウハウを知っているかいないかによって、そこで威力を発揮できるかどうかが変わってくる。

で、まあそれは置いといてだ、アセラのアクセス解析には、検索エンジンから何人の人が飛んできたか、というログも見られるような機能がついているのだが、それを眺めていて管理人は不思議な現象に気がついた。

「犬猫屋敷の管理人」

をキーワードに検索をかけている人がけっこういるのだ。先月、今月と検索ワードのトップは「犬猫屋敷の管理人」である。

なんでや?!

ふつう検索ワードというのは、もっと曖昧なものである。たとえば「犬、しつけ」とか「猫、餌」とか「第二次世界大戦」とか、そういうキーワードで絞り込むっていうのが検索エンジンの通常の使い方だ。

たとえば歴史上の人物とか芸能人とか、いわゆる有名人であれば、検索エンジンのキーワードに固有名詞を使うこともあるのだが……

管理人の戸籍上の本名は、まあ、わりかしどこにでもある一般的な名前なので、おそらく同姓同名の人は何十人か存在するはずだ。だが、ネットで検索したかぎり「犬猫屋敷の管理人」を名乗っているのは、日本中で管理人ひとりである。

どなたか、ワタクシのこと、お探しですか?

ネットの世界は、いつも不思議にあふれている。

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犬猫屋敷の末っ子、おはぎザンス!

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 15:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

共存

たまたまぼーっとテレビを観ているとき、「人間と野生動物が共生の出来るシステムを作りたい」と活動している人のドキュメンタリーを目にした。

軽井沢の別荘地に近年クマの被害が多発しており、クマを害獣として殺すのではなく、人間とクマの棲み分けをきちんとして、共存できる社会を作ろうという試みだった。

ほぉ〜、いいことやってんな。

これが管理人の感想である。

野生動物と、人間の共存は難しい。家畜を殺されたり、作物を荒らされたり、餌があると思えば野生動物は山を下りて人の世界に入り込んでくる。とくに自然破壊が進んで山に食べ物がなくなれば、とうぜん動物は人里に姿をあらわす。そうなると、野生動物は害獣になる。とくにクマやオオカミといった大きな種になると、直接人間を襲うこともある。そうなれば駆除もやむを得ない。

そうして100年ほど前に、ニホンオオカミは絶滅してしまった。

クマと人間を共存させるこのNPOの活動は、大きく分けてふたつある。ひとつは、じっさいクマが出たとき、その現場に急行し、クマをその場から追い払ったり、パトロールをしたり、クマに発信器をつけて、人里に近づかないよう警戒するという仕事である。もうひとつは別荘地で暮らす人々への啓蒙活動だ。クマがゴミ箱などを荒らさないよう、クマが開けられないゴミ箱を紹介したり、ゴミの捨て方を指導したり、クマに遭遇したときの対処の仕方を教えたり、クマの出没情報などを公開している。

いわば、事件が起こったときの対処と、事件を起こさないための予防措置を同時にひとつの団体が兼務している形だ。クマが人里に降りてきて、作物を荒らしたり、人を襲ったりすれば、駆除の対象となるのはやむを得ない。だから、そうなる前に未然に防ぐ、これが彼らの活動の基本理念だ。

人に正しい知識を植えつけることで、不意の事故の確率を減らす努力をしていく。それだけでも長い目で見れば、目的を達成することにつながるのだ。ただ、あまりにも地道な作業だし、すぐに成果が見えるものではないからみんながやりたがる仕事ではないのだと思う。

だが、その部分もとても大切なのだ。それがないままで、対処療法だけを続けていては、クマだってニホンオオカミの二の舞になってしまう。

たしかに、森の中でクマに会ったら恐ろしい。だが、クマは人間を餌にするために襲うわけではないのだ。たいていの動物はそうなのだが、人間に対する恐怖心ゆえに人に襲いかかってくるものなのだ。だから、クマを驚かせないよう、森に入るときは大きな足音を立てながら、できれば歌など歌いながら、「ここに人間がいるよ〜近づくと危ないんだよ〜」とクマに教えてやれば、クマから人に近づいていくることなどありえない。そういう知識を持つ人が増えていけば、人間がクマに襲われるなどの事故も減っていく。

人間誰しも知らないものは怖いのだ。たとえば、犬を飼ったことのない人が「犬は咬むもの」と思いこんでもしかたがない。犬はたしかに、人間の指など簡単にかみ砕くことのできる牙と顎を持っているが、ほとんど犬はそれを人を咬むためには使わない。犬は肉食だから、人間に襲いかかると思っている人もいるが、いまどきの犬は野生動物を殺して食べることすら思いつかない。

人間不信の犬というのは、むろん世の中にはたくさんいるが、もともとオオカミのなかでも人に慣れやすい個体が進化してできたイエイヌである。人になつく、人と巧く共存していくという本能が多かれ少なかれDNAに刻まれているものなのだ。

だから、犬は決して自分の意志で人間を咬んだりはしない。自分の身が危ないと思わないかぎり、犬は決して人に牙をむいたりはしないのだ。だから、人が犬を驚かさなければ、犬に脅威を与えなければ、犬が人を咬んだなどという事故は起こりえない。

だが、知らないがゆえに、人はむやみに動物を恐れる。怖いものだと思いこむから駆除の対象になってしまう。下手に擬人化するために、とんでもない勘違いが起こってしまう。

知らないということは、恐ろしいことなのだ。相手をきちんと知らなければ共存していくことなどは、とうていできない。

それは野生動物であっても家畜であっても一緒なのだろう。

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「アタシたちは、その点うまく共存してるわよねっ、ねっ、ねっ!
だって、アタシたち、仲良しですもん、ねっ、ねっ、ねっ!」

「姫さん、図々しいですよ。重いです」

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月02日

イベント告知

オフ会をやろうかなぁ〜なんて思っている。

というより、もともとは単に、去年もやった犬友とBBQパーティー企画だったのだ。去年、その話をサイトにあげたとき「楽しそう! 行きたかったのに!」という声をあちらこちらで聞いたので、じゃあ今年はサイトで告知して、来たい奴はみんな来いっていうノリでやっちゃおうかなと思いついたわけだ。

誰があのとき「行きたかった」って言ってたかなんて、もう忘れちゃったしさ……

メンバー選んで、スケジュール調整して、メールで連絡して、出欠とってとか、ものすごく面倒だしさ……



管理人は面倒なことが大嫌いなのだ。



それに、ただの犬友BBQパーティーにするには惜しい名前も考えついたし。


「犬猫屋敷、秋の園遊会」


うふっ、我ながら、ナイスネーミングるんるん

というわけで、とつぜんですが……

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日時:9月10日 日曜日 12:00(くらい)〜


場所:
埼玉県飯能市清流園

住所と電話番号はこちら

犬猫屋敷どうようナビなし車に乗っている方用に地図はこちら

参加費:無料

ただし駐車場代が¥1000かかりますので、勝手に払って入ってきてね。

参加資格:なし

犬飼っている人もいない人も、犬猫屋敷の愛読者でも一度も読んだことなくてもぜんぜんOK。犬猫屋敷カルトクイズとかやらんから、心配しなくいいよ〜ん。ペットも可。ただし、管理人はは虫類が大の苦手なので、ニシキヘビの花子ちゃんを首に巻いての参加はご遠慮ください。

持ち物:自分が焼いて食べたいもの・自分で飲みたいもの・自分の使う食器や箸・おやつ(500円まで、バナナはおやつに含みません)・自分で座る椅子(テーブルも欲しけりゃ勝手に持ってきて)

=====================

出欠確認しない代わりに、食べ物、飲み物、皿、箸など一切こちらでは用意しません。火は熾しておくがね。勝手に食べたいもの持ってきて、勝手に焼いて食べるというアバウト企画。だから会費0円。当日中止になっても山のような肉に埋もれて泣くこともない。そういうの、無駄だし。

管理人は無駄なことが大嫌い。

当日現場で、物々交換はありです。みんなが欲しがるようなものを持ってくれば、霜降りステーキや特上カルビをゲットできるかもしれない(誰がそんないいもん持ってくるのだろうか?)。

食器、箸などもご持参くださいませ。自分の使ったものは自分で始末する。これ、エコでございます。あたしゃ、ロイヤルコペンハーゲンのディナーセットがないとお食事できませんの、って方は、どうぞ一式お持ちください。自由に、好きなようにやっとくれ。

犬たちのおやつ類は、いちおう主催者が用意いたしますが、管理人の持ってくる怪しいおやつなんかうちの大切なコに食べさせられないわ! という方、アレルギーのあるコ用にはご持参くださいね。

いちおう市なので、ちょっと走ればスーパーなんかもあります。食物、飲み物類は現地調達も可。

天気がよければ川遊びもできますので、お着替えも持ってきたほうがよひかも。あと噂によると近所に最近ドッグランができたらしいので、肉食べ終わったら、腹ごなしにドッグランに移動するやもしれません。河原は他のお客さんもいらっしゃいますので、原則ノーリード禁止です。

というわけで……企画的には非常によいと思うのだが、問題はさぁ〜

来週、台風来るらしいのよねぇ〜

おまけに姫さんのヒートが、もしかすると来週始まっちゃうかもしれない(計算によるとギリギリセーフなのだが……)。

というわけで、いきなり前日に「中止」って可能性も最後まであります。そしたら10月になって(姫のヒートが終わったら)仕切り直しね。

雨天の場合は中止です。当日9:00までにこのサイトもしくは屋敷の表玄関で告知しますので、行こうかなって気になった方は要チェック。

まあ、準備もなにも必要ないアバウト企画なんで、当日暇だし行ってみようかなって気になったら、誰でもさくっと遊びに来ておくれ。

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BBQ企画ってことは、アタシの肉もあるのよね、
ね? ね? ね?

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 19:38| Comment(10) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月28日

広報活動

ハードな話三連チャンは営業的にどうかな、と思いつつも、きょうもちょっぴり厳しい話。

今回の子猫殺し騒動を眺めていて、管理人が思ったのは、これは一夕一朝で片づく問題ではないな、ということだ。世の中にはさまざまな意見を持つ人がいるわけだし、すべての人が、殺される子猫は可哀想だと思うわけではない。せっかく生まれてきた命を安易に処分するのはまちがいだ、そういう人間は鬼なのだ、という議論をしたい方は、まあ勝手にやってもらってかまわないのだが、世間のすべてがそう感じる人ばかりではないし、今後もそういう人ばかりの世の中になるとは思っていないというの管理人としての見解で、これが、管理人の意見の大前提である。

で、ぶっちゃけた話、この国の殺処分の現状はそうとう酷い状況である(処分方法の見直しを求める署名はこちらから)。統計的に見れば処分に回される犬の数は少しずつ減ってはいるものの、昨日も書いたように猫の処分数は横ばいだ。じっさいはペットブームで犬猫を購入する家庭がどんどん増えていることから考えるとそうとう改善されていると思うこともできるのだが、ともかく、ノーキルを実現するまでにはまだまだ時間がかかるだろうというのが管理人の考え方だ。

で、ノーキルを実現するには今後何をしなくてはならないのか?

じつはここが難しいところなのだ。なぜなら、昨日の記事でも書いたようにペットの殺処分の問題は、勧善懲悪で片づけられるほど単純な問題ではないからだ。

たとえば、地方のセンターと都心のセンターでは犬猫を持ち込む理由が大きくちがう。犬猫を避妊し、病気予防をして、プレミアフードを食べさせて飼うというのはごく一部の大都市に住む人間たちの常識であって、いまだにペットのご飯はぶっかけ飯、避妊去勢手術はせずにほとんど外で放し飼いという地域はいくらでもある。そういう地域で処分される犬猫の多くは望まれずに生まれてくる命なのだ。

だからそういう地方では、避妊去勢の費用を安くしたり、手術のメリットを訴えることで処分される命を減らすことができるかもしれない。かたや都会では、流行の犬を買ってみたら吠えるし言うことはきかないし、散歩もけっこう面倒くさいし、近所からの苦情もでるし、もう飼いきれないから捨てちゃいましょうという飼い主がけっこういるのではないか、と管理人は思っている。「いつでも里親募集中」などのサイトを覗いてみるとわかるのだが、ブレークして半年から1年ほど経つと、流行犬種の里親募集が軒並み載るようになるのだ。一時期、センターの檻に入っているのはゴールデンばかり、ハスキーばかりだったという話もあるように、流行犬種と処分される犬種にはある程度の相関関係があるらしい。こういうケースでは、流行ものの犬種というのをつくらないことが大切だろう。たとえば小さければ飼いやすいと勘違いしてテリア種がブレークすれば、とうぜんながら飼いきれなくなる犬も増えてくる。テリアは決して楽に飼える犬種ではない。もともと気が強く、判断力があってしつけを入れるのに時間がかかるように作られた犬種だからだ。そういう基本的な情報を多くの人に広めるだけでも、たぶん状況は変わっていく。

ちなみに、管理人はべつにテリアが悪いといっているわけではない。じっさい管理人はテリア種がけっこう好きだし、飼えると思う人にはおもしろい犬なのだ。ただ、小さいから簡単に飼えると思ったら大まちがいだということは、なるべく多くの人に伝えておきたいな、と思うのだ。

では、いつこの国でノーキルが実現できるのか?

管理人の生きているあいだは無理だろうな、というのがじつは率直な感想だ。いまはまだ処分される犬猫をゼロにするには、全体の数が多すぎる。ペットブームのおかげでどんどん人気犬種が製造され売りさばかれている現状では、いくら捨てられた犬猫を救い出して飼い主を見つけたとしても、堂々巡りが続くだけだ。捨てられる動物に新しい家を見つけるのと平行して、捨てない飼い主を増やすこと、捨てられるであろう犬猫を増やさないこと、ペットの大量生産を止めさせることがきっと必要なのだと思う。

じゃあ、そのために何ができるだろうか?

管理人はとにかく情報発信をしていこうと思っている。ブログという形式だけにはこだわらず、周りの人に話すということも大切だと思うからだ。

管理人の周りでは、いまや「ペットショップで犬猫を買ったりしたら、奴にブーブー文句を言われる」と思われているのだが、ちなみにべつに管理人はペットショップでぜったい買うな、と言っているわけではない。たまたまペットショップ見かけたコと相性がバッチリで、一生そのコを大切に飼ってくれるというのなら、それはそれでかまわないと思う。逆に、可哀想だからと無理してあまり気にいらない犬猫を里親会でもらってきて、100%の愛情を注げないのだとしたら、どっちがいいのか、管理人としては首を傾げてしまうのだ。

だから、べつにペットショップで買いたいのなら買ってもいいと思っている。ただ、知っておいて欲しいのは、犬猫には繁殖期というものがあって、通常は春と秋に多くの子犬子猫が生まれるという事実である。ところがペットショップには年中人気種の子猫や子犬があふれている。真夏にみかんを売っている最近のスーパーどうように、年中品物を切らさないように子犬子猫を生産し続けるシステムが裏にあることは、できれば知っておいてもらいたい。犬猫はハウスでできるのか? 品種改良? 何でいつでも子犬や子猫がいるんだろう? そういう疑問は持って欲しいと思っている。ついでに言えば、子犬や子猫が賞味期限以内に売れなかったらどうなるか、大量生産の仕組みとしてそういうケースがどうなるかにも目を背けないで欲しいのだ。

管理人には子どもがいない。おまけに有名な子ども嫌いである。にもかかわらず、姫が来てからというもの、公園などで子どもに「あっ、ワンちゃんだ」と話しかけられたら、できるだけ愛想良く対応するように心がけている。むろん姫は子どもが大嫌いなので、近づきすぎると大変な騒ぎになるのだが、できるときには、なぜ姫が子ども嫌いなのか、きちんと説明するようにしている。姫が吠えるのは、恐ろしいからで、近づかなければ大丈夫だということも話して聞かせる。ついでに頭の上から手を出して撫でようとする子どもには、下から手を出すという正しい犬との挨拶のしかたも教えるようにしているのだ。

小さな子どもにそんなことを言っても意味はないかもしれないが、もしかすると大きくなって犬猫を飼おうと思ったとき、何かの役にたつかもしれない。気が遠くなるような地道な作業だが、それでも続けて損はないと管理人は思っている。

管理人の周りには子どもとレスキューされた動物を一緒に育てている友だちが多い。彼らの子どもを見ていて羨ましいな、と思うのは、その子たちにとって保護犬保護猫というのは特別の存在ではなく、日常生活に溶け込んでいることだ。彼らが大人になったとき、犬猫を飼おうと思ったら、おそらく当たり前のようにレスキューされた動物をオプションの中に加えることだろう。そういう人間が増えていけば、殺処分数は急激に減ることになるのだ。それどころか、そういう世の中になったならば、保護犬保護猫はほとんど見つからなくなって、1件の里親募集に何万件もの応募が殺到するような夢のような時代になるかもしれない。

そうなって初めて、ノーキルなのだ。社会を変えるには何世代もの時間がかかって当たり前だ。

先日、会社のオジサンが嬉しげに「新しい犬を飼った」と報告しに来た。以前ちょっとだけ記事にしたことのある、愛犬ダックスに噛まれまくっているオヤジである。

「へえ? 何を飼ったんですか?」

「ジャック・ラッセル・テリア」

「…………苦労しますよ。ご愁傷様です」

オヤジ、顔面蒼白……

管理人の広報活動もまだまだ足りないな、と反省した。せめて指が千切れるような大怪我をしないことを祈るばかりである。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 00:21| Comment(5) | TrackBack(1) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

感情論

自分の都合のいいころだけを鵜呑みにして、声高に主張する人間は世のなかに山のようにいるものだ。今回の坂東 眞砂子のエッセイはまさにこれの典型だろう。だが、根本的にそういう人の意見というのは他人から見ると矛盾に満ちている。それを冷静に見て検証することは、同じような誤解に基づいた行動をとっている人をいさめるためにも必要だ。

今回の騒動を見ていて、管理人はもったいないことを、とつくづく思った。少なくともこの記事は、社会に波紋を投げかけた。新聞というメディアを通して広く世間に対してペットを飼う責任について問題提起をしていると管理人は思うのだ。にもかかわらず、世間の反応は驚くほど感情的なものだった。

きのうの記事にも書いたように、管理人も坂東氏の行動には眉をひそめるひとりだが、
「鬼ババア、死ね!」

「自分が崖から落ちればいい!」

「子猫と同じように苦しんで死ね」

と書き連ねられた掲示板やサイトを見て暗澹たる気持ちになったのだ。不妊手術の履行や殺処分の問題は、単純な勧善懲悪のシナリオで解決できるものではない。感情論だけで片づけられるものでもない。そんな単純なことならば、とっくにノーキルが実現できているはずだ。

これはほんとうに「ババア、死ね」と言って済む問題なのか? 坂東 眞砂子という一個人を責めればすべてが丸く収まるのか? 

管理人はそうは思わない。

坂東氏に罰が当たって不幸な目に遭えば、それはそれで溜飲は下がるかもしれないが、けっきょく社会は何も変わらない。なぜなら、勝手な理論でペットの生殖をコントロールせず、生まれてきた命を処分する人間は坂東氏ひとりではないからだ。

ネットで検索できる「行政による犬猫引き取り処分」の統計資料によると、2003年の殺処分数は犬173,032頭に対し猫は267,214匹となっている。日本には狂犬病予防法という法律があるため、これに基づいて野良犬は行政が捕獲する義務がある。ところが猫の場合にはこの対象にはならない。つまり、1年間に処分される26万匹あまりのすべての猫が飼い主または他の人間による「持ち込み」と推測しても、おそらくまちがいではないだろう。犬の処分数は年々少しずつでも減っている。だが、猫の処分数は横ばいだ。

生まれた猫を殺している人間は坂東 眞砂子だけではないのだ。仮にひとりが5匹ずつ持ち込んだとしても5万3千人の人間が毎年猫を殺しに持ってくることになる。ひとりが10匹ずつ持ち込むとしても、のべ2万7千人ちかくもそういう人間がいることになるのだ。これが毎年繰りかえされる。そのうえ、これはセンターで処分された数だけだ。手を下すのは忍びない、と箱に入れられ、どこかの公園や河原に捨てられる子猫の数を足したなら、その数は膨大なものになるだろう。

それを考えると、遠いタヒチ住む単なる一個人が猫を崖から落としていようがいまいが、そんなことはどうでもいいという気分になる。それより自分の税金を使って、もしかすると隣の人が毎年猫を殺しているかもしれないほうが、もっと問題なんじゃないかって気分になる。

現在日本で行われている殺処分の方法は、崖から投げ捨てるのと五十歩百歩の非人道的なやりかただ(殺処分の現状について知りたい方はこちらこちらを)。残念ながらこの国でノーキルを実現できるのはまだまだ先のことだろうが、少なくとも処分方法をもう少しマシなやりかたに変えることは可能なはずだ。たとえば、殺処分方法の見直しを訴える電子署名を集めているサイトに登録するだけでも、状況を変える手助けはできる。

「子猫が可哀想」

「鬼ババア、死ね!」

と騒ぐのは、管理人にとって、一時の感情だけに突き動かされた憂さ晴らしの行為程度にしか映らない。ネットという無記名の世界で、見ず知らずの他人を罵ることはたやすいことだが、生まれたての子猫をセンターに持ち込んだり、河原に捨てる近所の人をあなたは「鬼だ、悪魔だ!」と指をさして罵れますか?

それができる人間が増えていけば、きっと捨てられる犬猫は減っていく。飼育放棄した飼い主が村八分になるような世の中になれば、望まれない命を増やさぬよう、みんなが必死になって努力するようになるだろう。だが2チャンネルやお友だちサイトで「鬼ババア、死ね!」「そうだ、そうだ」とやっていても社会は何も変わらない。

そんな暇があるのなら、署名運動をやったほうがいい。日経社に「なんであんな記事を載せたんだ!」とクレームをつけるパワーがあるなら、そのエネルギーを、どうしたらそういう不幸な動物を減らしていけるか考えて行動するほうに回した方がよっぽど世のため人のためになる。目も開かないうちに崖から落とされる子猫はたしかに哀れだが、この国では毎日同じように苦しみながら死んでいく動物たちがあとを絶たない。そしてほとんどの人はペットブームの裏側にあるその事実さえ知らないのだ。そういう話を周りの人にして回るだけでも、少しずつ状況は変わっていく。

感情論だけでは、社会を変えることなどできない。子猫が可哀想だからこういうことをすべきでないという議論は、あくまで可哀想と感じる人々だけの狭い小さな世界での正論だ。坂東氏の行いを悪と決めつけるのは簡単だが、それだけでは何も変わらない。

この記事によって、彼女が社会的制裁を受けるのなら、それはそれでよいだろう。動物を虐待する人間は社会が許さないというメッセージを同じような振る舞いをする人間に送ることができるからだ。だが、「鬼ババア、死ね!」とヒステリックに叫ぶことで、それが実現できますか? 却っていたずらにこの件を扱うことで、彼女の知名度を上げていることになりませんか?

けっきょく仲間うちで「鬼ババア、死ね!」と叫ぶことは、坂東氏の主張と同じなのだ。子猫が可哀想という思いを共有できない人たちの目から見れば、自分の都合のいいころだけを鵜呑みにして、声高に主張する人間の戯言としか映らない。

再三書いているように、管理人は彼女の行いを由としているわけではない。だが、少なくとも自分の手を汚して動物を処分しているぶん、数千円の金を払って他人に殺させている数万の無責任な飼い主よりはいくらかマシかもしれないとすら思うのだ。問題はタヒチで子猫を投げ捨てている一個人ではない。その陰に隠れて見えない多くの無名の人間なのだ。

人は神ではない。
他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。
どこかで矛盾や不合理が生じてくる。
人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。
生まれた子を殺す権利もない。
それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない
私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。
もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。

坂東氏は誤解を元にまちがった選択肢を選んでしまったのだと、管理人は思っている。そして多くの人がどうように、知らないがゆえに誤った判断を下している。

そういう人がひとりでも減るように、飼育放棄されて苦しみながら死んでいく動物たちが少しでも減るように、情報を発信することは多くの人にできることだ。ブログを通じて、会話を通して……

「鬼ババア、死ね!」と叫ぶ前に、そこのところを考えて欲しい。そうすることで、きっといつかは社会も変わっていくはずなのだから。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 00:09| Comment(8) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

誤解

18日の日経新聞に載った、作家坂東 眞砂子のエッセイが波紋を呼んでいる。飼い猫に不妊手術をしたくないために、生まれてくる子猫を崖から投げ落として処分しているという内容だ(全文はこちら)。

動物を愛し、ペットを飼う人間としては、誰もが眉をひそめる内容だ。

不妊手術を否定することはべつに個人の自由だしかまわないと思うのだが、だからといって、自由に産ませて生まれたら殺すというのは、あまりにも乱暴なやりかただ。

彼女は、
避妊手術を、まず考えた。
しかし、どうも決心がつかない。
獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。
その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。

と書いているが、ここに根本的な勘違いがあるような気がする。

動物にとっての「生」は
盛りのついた時にセックスして、子供を産むこと

ではなく種の保存という本能、つまり自分の子孫を残すことだろう。

子孫を残したいと思うから、雌は辛い思いをしても出産するのだ。それを産まれたそばから殺すのでは何の意味もないはずだ。人間のセックスと動物の交尾は基本的な意味が違う。そこのところはき違えて妙な誤解をしているところが、彼女の根本的な愚かさだ。

ついでにいえば、ほんとうに自分の飼っている猫を愛しているのだとしたら、盛りがつくたびに出産させるのもおかしいのではないか。出産というのは動物だって母胎にそうとうの負荷がかかる。むろん、自然のままに生かすためには寿命が短くなってもかまわない、というのならそれは飼い主の自由だが、長く手元に置いて可愛がってやりたいと思うのなら、ペットの生殖をコントロールするのはとうぜんだろう。

彼女はまた、不妊手術について
社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。
私は、これに異を唱えるものではない。
ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。
子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。
避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。

とも書いているが、人道的な見地から見て子猫を崖から投げ落とすというのは、決して褒められた行為ではないだろう。同じ殺すのであれば、薬による安楽死という手段がある。生まれたばかりの子猫であれば、口と鼻を塞ぐだけでいとも簡単に命を絶つことはできるはずだし、一瞬で済ませるために首をひねるという方法をとる専門家もいる。それをなぜわざわざ崖から投げ落とすのか。そしてその行為を繰りかえすことに、異常さを感じるのはおそらく管理人だけではないだろう。

不妊手術と子猫殺しが同じかどうか、一見同じに見えるとしても、それは根本的にちがうと思う。望まれない子を残さないのは飼い主として社会的責任のとりかたかもしれないが、愛猫の身体に負担をかけ、出産させて子猫を殺すという行為を繰りかえすところにどんな意味があるのか説明して欲しい。けっきょく根本的な誤解に根ざしたまちがった行いとしか、管理人には見えないのだ。

猫はセックスを楽しんでいるわけでもなければ、出産したいわけでもない。自分の子孫を残したいだけなのだ。そういう動物の「生」を大切にしたいのなら、生まれた子猫をすべて飼い続けるのがほんらいだろう。それを次から次へと殺してしまうのでは本末転倒もいいところだ。

だが、彼女の言っていることにも一理ある。
飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。
しかし、それは飼い主の都合でもある。

<中略>

避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。

不妊手術が癌などの病気予防に役立つのは事実だが、基本的にペットに不妊手術を施すことは飼い主の都合に他ならない。だから、病気でもないのにペットの身体にメスを入れたくない、と考える飼い主がいてもとうぜんだし、必ずしも不妊手術をしなくてはならない、とは管理人も思っていない。

だが、以前の記事でも書いたように、ペットの生殖を不妊手術という形でコントロールしないのなら、そのぶん管理責任が重くのしかかってくる。生まれてきた子猫や子犬をすべて飼ってやれないのなら、またはきちんと面倒を見てくれる飼い主を見つけてやれないのなら、交尾させない、産ませないという選択をせざるを得ない。繁殖期の動物をコントロールするのは決してたやすいことではない。

うちの姫は心臓に疾患があるために、麻酔のリスクが非常に高くなる。だから不妊手術をしていない。犬猫屋敷ではヒートのたびに厳戒態勢がとられるのだ。万が一にもその時期姫が逃げだしたりしたら、望まれない子犬が産まれるだけではなく、出産の負担で姫自身の命も危なくなるからだ。

ヒートの時の緊張感を考えると、できることなら不妊手術をしてしまいたい、と管理人は思っている。姫は決してそれを望んでいるわけではないだろう。これは単なる飼い主の都合なのだ。

動物にも権利があると、管理人は思っている。そのなかの子孫を残す権利を飼い主の都合で奪ってしまっていいものなのか? それは議論が分かれるところだろう。ただ犬猫が、もはや自ら餌をとって生きていく野生動物ではなく家畜になってしまっている以上、飼い主である人間が何らかの形で数をコントロールするのはやむを得ない。

犬猫を殺すというと、それだけで「酷い」と思うかもしれないが、じっさいに自然界では、育たないと判断した弱い子どもを親が自分の手で殺すこともある。たとえば、生まれてきた中で一番弱くて小さなコに親が餌をやらないなどということもあたりまえなのだ。弱い個体を犠牲にしても、自分の子孫を残すのは、厳しい自然の中で生きていかねばならない野生動物のサバイバル本能だ。自然界では生と死はいつも隣り合わせにあるものだ。家畜である犬や猫を自然のままに飼っていきたいというのなら、そういう厳しい一面からも目を背けてはいけないのだ。

(あしたに続く)
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

発想の転換

出入り業者の越後屋に注文しておいた首輪とリードセットが届いて、そろそろ1ヶ月になろうとしている。ふつうなら、届いたらすぐに「見て、見て」とばかりに自慢するところなのだが、首輪とリードというのは愛犬の安全を守るいわば命綱のようなものなので、ここを見に来てくれる皆さんに、越後屋の首輪とリードは可愛いだけじゃなく、ぜったい安全!と自信を持ってお薦めするには、やはりある程度使ってみないとダメだろうと思い、自分の犬を実験台に、約一ヶ月、さまざまな状況でテストを繰りかえしてみた。

今回、我が家で購入したのは、こちらである下

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買った首輪をぜんぶつけて、首長族になっている姫さま


今回は、夏らしいポップなデザインのものを2点と、スタンダードにいつでも使えるものを2点購入してみた。反物を持ってこさせ、あててみて注文しただけあって、どれもとってもお似合いであるわーい(嬉しい顔)

とくに姫に作ってやったオレンジドットのド派手な首輪セットは、おそらく姫以上に似合う犬はいないだろう。

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妹に言わせると

「目の覚めるような派手なビキニを着ていて、けっこうスタイルもいいので、おおっ、って声かけてみたら、振り向いたらビックリ……みたいな感じ?」

褒めているのかどうか、首を傾げたくなるところだが、ともかく、オレンジドットのイグアナとカラフルストライプのイベリコ豚のコンビは、近所でも評判の派手なおっちゃんとおばちゃんになっている。

越後屋の作った首輪セットは、冗談ぬきでめちゃくちゃ軽い。素材がコットン主体でいままで使っていたナイロンと比べてもじゃっかん軽いのに加えて、スチールの代わりにステンレスの金具を使っているせいで、手で持っただけで即座に判るほど重量がちがう。いままで使っていたものに比べると、ちょっと華奢に見えるリードは、束ねて持ってもコンパクトにまとまるので、複数のリードを操らなくてはならない多頭飼いの身としては、とてもありがたい。

これだけ軽ければ、犬にとって負担にならないのは明白だ。いままで履いていたゴツイ安全靴を脱ぎ捨てて、ビーサンに履きかえたような感じである。じっさいこの首輪セットを使うようになってから、犬たちの散歩の足どりも軽くなった。

ただ、引っぱり癖のあるデカ犬飼いとしては、いっけん華奢に見える金具でほんとうに大丈夫なのか? というのが一番心配な点だろう。とくに体重の軽い姫の場合はシングルDカンで作ってもらったので、イグアナ変身時に保つのか?というのが最大の関心事だった。

で、1ヶ月使ってみての結論……

以前のゴツイ首輪と比べても、なにひとつ問題はありませんでした。あいかわらずデカ犬コンビは猫を見つけては追っかけ、臭いの元にロックオンしてはハンドラーを引きずって歩きまわっているが、越後屋製の首輪セットはびくともせずに丈夫そのもの。どうしても強度に不安がある人は、カイが使っているようなハーフチョークかダブルDカンのものを選ぶとより安心だ。ダブルDカンにしておけば、ふつうのバックルタイプのシングルDカンのものとちがって、万が一何かの弾みでバックルがはじけたときも、リードが外れない構造になっている。

だいたい、長年の犬飼い経験から、首輪やリードが切れたり金具が壊れるという事故はほぼ皆無であることは判っていた。じっさい20年弱の犬との生活のなかで、ほんとうに金具部分が壊れたのは、後にも先にも一度きり、それも耐久重量を超えたツインリードを長年使っていて、リードをつなぐ接合部分の金属が摩耗してパコンと外れてしまったときだけだ。それは金具の問題というよりもメンテナンスの失敗である。

ついでに言えば、越後屋という奴は、何においてもちゃらんぽらんで、至極いい加減な奴なのだが、こと犬の安全や健康に関しては、管理人より慎重でぜったいにそこで手を抜くことはありえない。第一、管理人を含めて最初に強度テストのモニターを依頼した相手が、仲のいい犬友と越後屋が死ぬほど怖がっている姉たちの犬という点からも、安全性に手を抜く隙を与えない。万が一、越後屋製の首輪が壊れて愛犬が事故にあったりしたならば、奴は一生地獄の苦しみを味わうことになるし、第一自分が可愛がっていた馴染みの犬が自分のせいで傷ついたと知ったら、ショックで一生立ち直れないような人間なのだ。

だから見知らぬ他人が作ったゴツイ金具つきの首輪よりも、越後屋製の首輪のほうがぜったい安全だと、管理人は思っている。コストを下げなくてはならないときでも、安全性を犠牲にすることはありえないとちゃんと知っているからだ。

ただし、越後屋製の首輪は一生ものにはなりえない。表地がコットンなのである程度使えば、布地がダメになってしまうし、金具もその耐久時間にあわせたものを使っている。定期的に買い換えて、それこそ、その日の気分しだいでちがう首輪を使うような、そういう使い方に向いているし、価格もそういう飼い主の負担にならない額に設定されている。

首輪やリードが切れるという事故の多くは、じつは耐久性ではなくメンテナンスの問題なのだ。たとえば姫のように常時首輪をつけている犬だと、ついついチェックもせずにリードをつないでそのまま散歩に出かけるということがよくある。それなりの耐久性がある首輪がある時とつぜんバチンと切れるなんてことは、じっさいにはありえない。一部に裂け目ができていたり、力のかかる一部だけが摩耗していることに飼い主が気づかずに、それが限界に達した瞬間バチンと壊れてしまうのだ。

その点、毎日首輪とリードを選んでつけ直していれば、自然と裂け目や弱っている部分がないかちゃんとチェックする習慣がつく。ちょっとでも問題があるところを見つけたら、さっさと捨てて次の首輪を買えばいいと思える価格設定なら、危険な犬具を騙し騙し使うようなこともなくなるだろう。

また首輪というのは常時つけていると知らず知らずのうちに緩んでくるものだ。定期的にサイズを合わせて調整すればいいのだが、それを怠ると、ある日ちょっとしたときにスポンと首輪が抜けてしまうなんていう事故が起こりかねない。常時首輪をさせていると、ついついそのチェックが甘くなる。素材によっては湿度や気温によっても緩みが大きくなるし、その点毎日首輪をつけかえれば、自然とそういうチェックも忘れずにできるようになる。

首輪やリードというのは、ほんらい消耗品なのだ。にもかかわらず欧米に比べると高価な値段で売られているために(管理人が定期的にグッズを買うアメリカのサイトだと、大型犬用のナイロン首輪は数百円で買えるのだ)ひとつ買ったらなかなか買い換えることをしなくなる。長く使うと思えば、金具類はゴツイものを使わざるをえない。ゆえに犬に負担がかかる重くてゴツイ犬具を使う人が多くなる。

これはたぶん、犬にとってはちょっと迷惑な悪循環だ。首輪をTシャツ感覚で気軽に替えて楽しむという発想は、犬にとっても飼い主にとっても良いことずくめの革命なのだ。

とくに、以前の記事に書いたように、小型犬用マーケットが主力のこの国では、犬が大きくなればなるほどお金がかかるようにできている。だから、首輪やリードをいろいろ替えておしゃれを楽しむことは、中型サイズ以上の犬を飼っているごくごく一般的な飼い主さんにはなかなか思いつかない発想だった。だからこそ、犬猫屋敷どうよう大型犬を飼っていて、なおかつ犬に湯水のように金をかけられるというわけではない、ごくごくふつうの一般人の飼い主さんにこそ、越後屋製の首輪セットは是非使ってみて欲しいな、と管理人は考えている。色とりどりの首輪をして、ルンルン気分で散歩に行けば、義務になってしまっている散歩だってじつはとっても楽しくなる。ときには犬を連れてお出かけなんかもしたくなる。

そういうちょっとした発想の転換で、平凡な犬飼い生活だってものすごく楽しいものに変わるのだ。そのうえ、ちょっとした不注意から起こる不慮の事故を防ぐ効果もあるのだから、一石二鳥だと管理人は思うのだ。

カラフルな首輪をTシャツ感覚で……

地獄の暑さが過ぎれば、犬を連れての外出も楽な秋がやってくる。秋の行楽シーズンに備えて、あなたもさっそくひとつ作ってみませんか?


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管理人一押しの魚偏の漢字首輪着用中のカイさん

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:28| Comment(7) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月22日

おかん

妹も管理人も仕事が休みだったので、犬猫人間の餌を買い出しにコストコに行った。

ちょうど帰りの高速を降りたところで5時ちょっと過ぎになったので、途中で祖母の家に寄ってバァバを拾っていくことにした。

「いま高速の出口なんだけど、お迎えいる?」

「あら、うれしいわ」

「じゃあ、15分くらいで着くからすぐ出られるよう準備して待ってて」

「はぁ〜い」

年老いた親を迎えに行く、なんと心優しい娘たちだろうか。だが、目頭が熱くなるような、こんな親孝行話の美談ですら、犬猫屋敷ではネタになってしまうのだ。

うちのジィジ・バァバは車に乗るとハイになる。まるで犬たちが、車のエンジンをかけたとたんに意味もなくガレージの周りを走りまわるのと同じように、車でお出かけが大好きなのだ。それがたまたま所要時間30分足らずの祖母の家からの帰り道であってもその興奮は変わらない。ゆえに、車に乗り込んだとたん、バァバは弾丸のようにしゃべりだす。

「迎えに来てくれてよかったわぁ〜あんまり暑いからどうしようかって思って、もう少し経ってから帰ろうかなってもたもたしてたのね。5時に出てたら行き違いになってたわね。ほんとうによかった。だってあんまり暑いから…………」

堂々巡りしてまっせ!

犬たちの場合、いくらハイになったとしても、車の中で大声を張り上げて吠えたり騒いだりは決してしない。パピーの頃からそういうことはしてはいけない、とちゃんと教えているからだ。だが、バァバの電撃トークを止められる者はいない。「う〜」とか「あ〜」とか適当にあいづちを打っているかぎりバァバは永遠に話し続ける。

きょう祖母の家であったこと。

祖母の家で聞いてきた、親戚の皆さんの近況。

コストコで何を買ってきたかの確認。

家の戸締まり、火の元の確認はきちんとしたか、の注意。

それから……それから……

この人は、いつ息継ぎをしているのだろうか? 血のつながった親ながらエイリアンに見えてくる。

途中、通勤帰りの車のプチ渋滞に遭遇した。さっそくバァバは後部座席から身を乗り出し、抜け道の道案内をはじめた。

「次を右、その先左……あれ?」

わからないなら、教えるな! おかげで遠回りになったじゃないか!?

でもバァバは参加したいのだ。運転手の妹とナビの管理人の会話になんとか食い込もうと必死になる。

「あっ! 危ない、気をつけて」

「なにが?!」

「前から車が来てる!」

運転手が前は見ている……少なくとも……あんたが心配することじゃない。かえって危ない!の声でビックリして事故るじゃないか、止めてくれ。

「あっ、気をつけて!」

「こんどはなに!?」

「うしろからトラックが来てる」

「だから?」

「トラックって大きいから、ふつうの車にぶつけても何とも思わないのよ。だからトラックの前を走っちゃダメ!」

それは、ものすごぉ〜い偏見だと思う。どんなに相手が小さな車でも、やっぱりぶつかったら気づくだろう。だいたい、追い越しもできないこんな細い道でそんなこと言われても、いったいどーしろっていうんじゃい!

バァバに言わせると、世の中は危険に満ちあふれている。バァバの持論によれば、雨の日や夜は車に乗ってはいけないのである。

「暗かったりすると前がよく見えないから、危ないのよ!」

ちなみにピカ天の日も日差しがまぶしくて前が良く見えないので非常に危ないらしい。そうなるといったいいつ車に乗ったらいいのやら? 車を所持していることじたい非常に無駄な気もしてくる。

それでも、バァバは車でお出かけが何より好きだ。だから車に乗るとハイになる。

ようやく家にたどりつき、大騒ぎしながら買ってきたものをすべて家に運び込んだあと、ガレージに車を入れようとした妹がぽつりとつぶやいた。

「あのトークのパワーをエネルギーに替えられたら、究極のエコになる」

仰るとおりでございます。片道1時間のコストコまでの往復よりも、最後の30分で異常に疲れたほどのあのパワーである。あれを石油に変わる代替エネルギーとして利用できないのは、まったくもって残念なことだ。

以前ふと目にしたメルマガの記事を思いだした。どこの家でもおかんは一緒で、弾丸トークで家族を呆れさせるのだ。

そこに愛があるから? たしかにそうかもしれないが、時として無駄吠え防止首輪をつけてみたいと思う管理人はやっぱり親不孝な人間なのかもしれない。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

アメフト

お友だちのつむぎちゃんから、ええもんもらった。

「練習中だから、出来は悪いけど見てぇ〜」

というのが本人の弁だが、どうしてどうして、良くできてるじゃありませんか!? いいよねぇ〜こういうのさくさくっと作れちゃう人って。でも自分にない人の才能を羨んだってしかたがない。だって、管理人には美的センスがゼロなんだもの。本宅を閉じた一番の原因は、悪趣味なサイトに自分自身がうんざりしちゃったからで(ちなみに本人はつねにカッコイイサイトをめざしていたが、時間をかける割には、いつもできあがるとダサダサ)やっぱり餅は餅屋にって心の底から思ったからだ。

15分あれば、管理人はそこそこの記事を書くことができる。とりあえず文章を書くことは管理人の飯の種だし、いちおう読める文章を書く教育も受けているし(その割には日本語が変とかいわないように!)まあこれはあたりまえのことなのだが、とりあえず自分と犬の食い扶持を稼ぎつつ、少ない手持ちの時間を最大限に活用して何かやりたいと思ったとき、自分が一番得意な分野にその時間を使うことが一番効率がいいな、と悟ったのだ。

管理人は15分でステキな絵を描くことはできない。15分かけても、まともにサイトに使える写真を撮ることもまず無理だ。15分あれば犬のコマンドをひとつ教えられる人もいるが、あいかわらずトレーニング下手の管理人にはこれもできない。相手が単純な人ならば、もしかすると15分話せば相手を説得できるかもしれないが、ぜったい可能か、と訊かれたらハイと答える自信はない。

でも15分あれば、管理人は人に読んでもらえる記事が書ける。だから犬猫屋敷の管理人日記は帰ってきたのだ。

ディーの死と前後してある人の訃報を聞いた。生き物であるかぎりいつかは必ず死ぬんだ。こんなあたりまえのことを管理人は再認識した。無限にあると思っていた時間が、じつは期限つきだと気づいたとき、その時間をどう使うか管理人なりに考えた。そしてひとつの結論に達したのだ。

ボランティアってアメフトじゃん!

アメリカンフットボールの試合を見に行くとわかるのだが、アメフトのフィールドの周囲には100人くらいの人が常にワイワイといるものだ。ユニフォームを着た選手が6〜70人いるうえに、コーチやらトレーナーやら、あとなんのためにいるのかよく判らない人も含めて、とにかく人がわんさかいる。これがアメフトの試合のイメージだ。

アメフトのルールでは、試合中断中であれば選手の交代は何人でも、何回でも許される。一度退場した選手が試合に復帰するなんてえのもありなのだ。フィールド内で一時にプレイに参加できるのは1チームにつき11名以下と定められているが、それさえ守れば、何回でも何人でも選手変更は可能だ。だからアメフトの場合はすべての選手が自分の仕事に特化している。大抵は攻撃専任の11人、守備専任の11人、キックオフやパント専任の11人のレギュラーメンバーが用意されていて、攻守交代になるとフィールドの11人全員が入れ替わるのが普通だ。

つまり他には何もできないが、やたら走るのが速いという人や、ボールを投げさせたら誰にも負けないという選手、とにかく身体が大きくて岩壁のようだが巨体すぎて歩くのもやっと、という人間でもアメフトでは立派な花形選手になれるのだ。得意分野に特化して、自分がもっとも効率よく動けるパートを受け持つことで最小限の時間で最大限の効果を得る。これがアメフトの特異性だ。

ボランティアはいくらやっても金にはならない。ふつう人は金を稼がねば生きていけない。だから週に3日ボランティアに従事しろといわれたら、できる人は限られてくる。だが、時間が空いたときに15分といわれれば、たいていの人にはその時間を作ることができるだろう。その15分をある仕事に特化できるプロが受け持てば、その効果は絶大だ。

むろん、そうなるとフィールドの周りには大勢の人がわんさかいることになって、交通整理が大変だ。攻撃なのにディフェンスの選手がふらふら出ていってしまったら、きちんとした試合は成り立たない。だからアメフトは組織と戦略のゲームなのだ。データを蓄積し、解析しあらゆる状況に対処できるよう膨大な数のゲームプランが作られる。

果たしてこの日記はボランティア活動なのだろうか? 社会や他人のためになっているのだろうか? だいたい自分の楽しみで書いていると豪語しているくせにボランティアと言い張る奴って何者?

社会のためになっているかどうかは不安だが、たぶん他人のためにはなっていると思う。暇なとき、このサイトを覗いて大笑いしてもらえれば、時間つぶしの助けにはなる。犬猫屋敷の管理人はこの世で一番嫌いという人は、毎日の日記を見て「この女(アマ)、いつか必ず殺(や)ってやる!」と思うたびに、明日を生き抜く活力になるだろう(←無理矢理)。自分の犬はこんなこともあんなこともできないし、毎日問題山積みだし、と育犬ノイローゼになりかかっている飼い主さんなら、ものぐさ犬カイと歌うオスワリ犬姫を引き連れて、それでもなんとなく毎日楽しく暮らしている管理人の日常生活を見て「これに比べりゃうちはなんぼかマシだわ」と気持ちが楽になるかもしれない。

使い方は見に来る人の勝手だが、ともかくこれは管理人なりのボランティア活動なのだ。だいたい、ボランティアなんて認定資格がいるわけじゃなし、自分がボランティアをやっていると言い張れば、誰のためにもなっていなくともそれは立派なボランティアなのだ。

だから管理人は敢えて言い張る。犬猫屋敷の管理人日記は、管理人なりのボランティアの手段です。ほ〜ら、言っちゃった!

言ったもん勝ちだぜ手(チョキ)

というわけで、前置きが異常に長くなったのだが、つむぎちゃんからもらったプレゼントを見たい方はこちらをポチッとなるんるん
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 12:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

鎮魂

やっぱり行ったのね、純ちゃんたら……いや、きょうの靖国神社参拝の話である。正直、管理人は靖国問題を語れるほど歴史に詳しいわけでもないし、だいたい靖国神社に行ったこともないわけで、ただ、政教分離を謳っている憲法があるこの国で、おそらく唯一の公式慰霊施設(みたいなもんだわよね、靖国神社って?)がある特定の宗教の施設だというのは、やっぱりちと変な気がする。日本人というのは非常に大らかな宗教観を持っているので、仏教も神道もなんでもあり、みたいなところがあるのだが、これが宗教のせいで殺しあいにまで発展するような人々の世界であれば、この程度の騒ぎでは済まないはずなのだ。

それに、ごくごくふつうの庶民の感覚からすると、「総理大臣である人間・小泉純一郎が参拝している。職務として参拝しているものではない」とか言っちゃってる人が、公用車で乗りつけるっていうのも妙な気がする。職務として参拝しているんじゃないなら、タクシーか電車で行って欲しいものだ。警備のこととかいろいろあるだろうし百歩譲って公用車を使うとしても、アンタ、ガソリン代くらいは自腹で払いなさいよね、と言いたくなるのは、とても少ない収入の中から毎年泣く泣く税金を払っている庶民としての最低限の権利だろう。

ともかく、靖国騒動ですっかり肝心なことが後回しになっているが、きょうは61年目の終戦記念日で、何はともあれ、軍人、民間人を問わず、日本人か否かにかかわらず、あの戦争で命を落とされたすべての方が安らかに眠れるようお祈りすると同時に、これほど長いあいだ戦争に巻き込まれずに平和に暮らしていけることに、感謝したいと管理人は思っている。

平和ボケしたこの国で暮らしていると、ついつい忘れがちになるのだが、世界ではつねにどこかの国で戦争が起こっているのだ。なかには、生まれてからずっと、一度も平和な時代を知らない子どもたちだって存在する。それに比べると、日本人は平和な日本に生まれたというだけで、すでに90%の幸せをゲットしたようなものだ、と管理人は思うのだ。

だが、それがあたりまえになってしまうと、そのありがたみが判らなくなる。結果を考えずに変な方向に走っていって、とんでもない状況になってしまうかもしれないのだ。

昨日、久しぶりに友人の息子に会った。ついこの前まで這い這いしていた赤ちゃんが、すでにいっぱしの口をきくようになっていた。管理人には子どもはいないが、数年後には立派な青年になる彼らに、平和な世界を残してやりたいな、とふと思った。友人たちが、子どもに先立たれるような時代がぜったいに来なければいいな、とつくづく思った。

政治的駆け引きも、宗教上の対立も、経済の仕組みなんてこともどうだっていい。とても狭い考えかもしれないが、よく知っている子どもたちが「お国のため」といって次々死んでいく時代は、やはり来ないで欲しい。友人たちが子どもの亡骸にすがって泣くような世の中は、やはりよくない世の中だ。

だから、忘れてはいけないのだと思う。

ふだんは忘れていたとしても、やはりきょうぐらいは、生きたくても生きることができなかった人たちを思って、静かに過ごすのもいいだろう。

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Love and Peace to the World

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

いまは昔

地方に嫁いだ幼なじみが、お盆休みで帰京していたので、久しぶりにお喋りをしようとランチかたがた、いま話題の表参道ヒルズに行ってきた。

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東京に住んでいながら、表参道の駅から外に出たのは久しぶりである。噂には聞いていたが、道路沿いに乱立するブランドショップを見上げながら、口をあんぐり開ける田舎ものの管理人である。

いやぁ〜これだけブランドショップが並んでいるということは、ここで買い物できる人がそれだけいるってことだわよね。

ちなみに、ブランドショップといっても、管理人の大好きなユニクロやダイソーなどのブランドがそのなかに含まれていないのは、むろん言うまでもないことだ。日本は格差社会になってきた、とニュースの話題などで耳にしても、「ふ〜ん、そんなものか」と他人事と感じていたが、自分は最下層の思いっきり底辺に位置しているのだ、とそびえ立つブランドショップを眺めながらつくづく実感してしまった。

表参道ヒルズというのは、かつての同潤会青山アパートメントの跡地に建てられている。通称青山アパートがブティック街と化す以前、純粋に住居として使用されていた時代を知っている管理人としては、おしゃれなファッションビルに変身した青山アパートを見て感慨も一塩である。

古い建物が壊され、そこに新しいものが創られていくのは時代の流れなのだからとうぜんだが、それでもちょっとだけ寂しい気がしてしまうのは、管理人が歳をとったせいなのかもしれない。

銀座マリオンができた当初、マリオンと言えば「ああ、日劇のあったところね」と言っていたが、いまとなってはマリオンはマリオンで、あそこに日劇があったことを覚えている人のほうが少ないだろう。同じように、いつか青山アパートメントといったら、「ああ、表参道ヒルズが建っているあそこにあったっていう建物?」なんて言われてしまう時代が来るのかもしれない。

やっぱりなんとなく寂しい……そんな風に思いながら炎天下の表参道をそぞろ歩く管理人である。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 23:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

夏休み

世間さまではすっかりお盆休みという奴らしい。

今年も恒例の帰省渋滞で、栃木県の那須高原サービスエリア―群馬県の館林インターチェンジ間で112キロ、東名高速道の下り線でも静岡県の中里バス停付近を先頭に43キロの渋滞だそうである。

いつもの神奈川県の綾瀬バス停付近はどうしたのだろうか? あれはリターンラッシュの時だっただろうか?

毎年混む要所というのは決まっているのに、なぜか少しも改善されないあたりが、けっこうほんとうはみんなこの帰省ラッシュを楽しみしてんじゃないの、という気がしてならない。まあ、じっさい車に何時間も缶詰になっている人たちは決して楽ではないはずだが……

だいたい、渋滞の定義ってなんだろうとふと思う瞬間がある。以前、友だちと車で遊びに行ったとき、「○○高速 50Km渋滞中」という交通情報を聞いて、一般道を選択したら、思いっきりハマッテ、えれぇ〜時間がかかったことがある。途中、上を通っている高速道路を見上げたところ、のろのろ運転ながら高速のほうはちゃんと車が流れていて、渋滞していたってけっきょく高速のほうが早いんじゃんと思い知らされたものなのだ。

できれば「渋滞」と言い張る以上、どのくらいの渋滞か、是非とも今後はより詳細な交通情報を出していってもらいたいものである。たとえば「イライラして頭の血管が切れそうになるド渋滞」とか「それでも高速代払う価値はある程度の中ぐらい渋滞」とか「渋滞と呼ぶのもお恥ずかしいくらいのプチ渋滞」とかきちんと状況を伝えてもらえれば、こちらとしても覚悟のほどができるわけだ。

以前は、この季節になると、都内ががら空きになって、それこそ車で出かけると「東京ってじつは狭いんだ」と思い知らされるほどどこに行っても空いていた時期があるのだが、最近は逆にお盆休みで東京に遊びに来る人も多いせいか、けっこうそれなりに道も電車も混んでいたりする。昔は、がらがらの都内を走りまわりながら、江戸っ子に生まれた幸運を噛みしめていたものだが、最近では、みんなが休んでいるときにも会社に行かねばならない不幸な自分しか実感できないのが、非常に残念なことである。

管理人は今月頭からすっかり夏休みモードなので、お盆休みといってもどこに行くでもなくあいかわらずダラダラ暮らしている。帰省ラッシュも関係なく、犬猫屋敷はきょうも通常営業である。

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えっ、姫さん京都にでも行ってらしたんですか?

いえいえ、あまりに暑いので、隣の竹林で散歩を済ませているだけでございまする。

東京のチベット犬猫屋敷では、渋滞などにハマラなくとも、いつでも田舎気分を味わえる。

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月09日

臨場感

東京にも台風がやってきた。台風一過を台風一家と信じ込んでいる人は、おそらくうちの妹だけではないのだが(日本で小学校に行っていないと驚くほどあたりまえのことを知らなかったりするものだ)、今回はまさに台風Familyと言ってもおかしくないほど、台風が群れをなしてやってきた。

台風の通り道になって被害に遭われた皆さんには、心からお見舞い申し上げます。とくに農業に従事している方たちにとっては、今年はほんとうに災難つづきだ。地球が壊れてしまうと農業や漁業といった第一次産業がまず大打撃を受ける。人間食べるものがなければ生きてはいけない。そう考えると、自分もエコな生活をして、少しでも環境悪化を防ぐように心がけなくてはいけないな、と思ってしまう。

で、台風がやってくると、必ずニュース番組では現場中継とやらをやっている。たいていは沖縄、九州あたりの海岸線に立ったカッパを着たアナウンサーが髪を振り乱しながら
「強い風雨で立っているのもやっとの状態です。今後、被害の拡大が懸念されます」

とか息を切らしながらやっているあれである。東京あたりに住んでいると、紀伊半島から静岡の御前崎周辺に中継現場が移ってくると
「今夜あたり来るぞ」

と迫り来る臨場感を肌で感じることになるのだが、それにしてもなぜわざわざ大雨大風のなか、それもよりによって危険な海辺に立って現場中継が必要なのか、冷静に考えると非常に妙な感じもする。ついでに言えば、その中継を見ながらスタジオのアナウンサーが
「○○さん、じゅうぶん気をつけて取材を続けてください」
とか言っちゃってるのも空々しい気がするのだ。危ないとわかっているんなら行かせるなよ、と思っているのはおそらく管理人だけではないはずだ。

それでも暴風雨のなか、髪を振り乱す現場中継はやはり台風情報のメインイベントだ。一般的に元気そうな若手のアナウンサーや記者がその任を担っているところから見ると、もしかすると、あれは業界では若手の登竜門なのかもしれないな、という気さえする。中には、あれをやりたいがために、わざわざ台風の通り道である地方局に就職する若者もいるのかもしれない。たいていの台風の進路にあたる沖縄の局では、入社試験の科目に「台風現場中継」なんてぇのがあるのかもしれないなんて馬鹿なことを考えてみたりする。年に何度もこういう中継をする局には、当日に着る小道具のカッパや水に濡れても壊れないマイクなんていう「現場中継用グッズ」がちゃんと用意されていて、めったに進路に入らない局にたまに貸し出しなんかするのだろうか?とか思うだけでひとりほくそ笑んでしまう管理人はやはりちょっと変かもしれない。

けっきょく台風の現場中継も「〜ねばならぬ」というものの一環なのだ。
「東京は焼けつくような猛暑です」
といううしろに流れる映像が、いつも東京駅の丸の内口の陽炎が立ったアスファルトの地面であるように(渋谷のスクランブル交差点でもいいはずなのに?)、正月やお盆の帰省渋滞のときにわざわざ混んでいる料金所付近を空から撮った映像が流れるように(長い高速道路のなかにはちゃんと流れている場所もあるだろうに?)、だからきっと日本中の野球場がすべてドーム化したとしても、甲子園球場だけは建て替えてもオープンエアーの球場であり続けなければならないのだ。だって、夏の甲子園で汗をダラダラたらしながら首にタオルを巻いた応援団がいないのではお話にならない。クーラーが入った快適な環境のなかでは高校球児の球宴も臨場感がなさすぎる。

人間というのは、けっきょく「こうあるべき」と信じていることが目の前に再現されることで安心感を得る動物なのだ。台風中継ではアナウンサーが髪を振り乱し、渋滞の中継では長い車列を見ることで、やっぱりなと思うことによって安心感を得ている。

昨晩のように嵐の中、雷などが鳴ったりすると恐がりの姫はとたんに落ち着かなくなって部屋のなかを右往左往することになる。世間には嵐の中、外の犬小屋に丸くなって恐怖に震えている犬や、車の下やもの陰で嵐が過ぎるのを待っている野良猫がたくさんいるのだと思うと管理人は心配になる。べつに犬猫はぜったいに室内で飼わなくてはならない、とは思わないが、飼い犬、飼い猫に関しては、せめて嵐のときだけは、玄関でもいいから家のなかに入れてやって欲しいな、と節に思うのだ。

台風の現場中継も、いつもいつも荒れ狂う海をバッグにやるばかりではなく、たまには誰かの家に庭でやってみるのも一興じゃないだろうか。

「こちらは、台風が近づきつつある紀伊半島の先端に近い○○さんのお宅の庭のようすです。ごらんのように番犬のポチは犬小屋の隅に丸まってじっと嵐が過ぎるのを待っています。雷や嵐の夜は、恐怖でパニックに陥った犬が鎖を切って逃げだすなどの事故も多発します。また強風で犬小屋が飛んでしまうなどということもありますので、通り道にあたっている地域の皆さんは、今後の台風情報にはくれぐれもご注意ください」


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外の嵐をよそに、室内でぬくぬくハの字になっているおふたりさん

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 13:21| Comment(7) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

Lサイズ

あまりに暑くてたまらんので、景気づけにまたアメリカのサイトからいろいろグッズを買い込んだ。

今回届いたのは、日本では売っていないLサイズのファーミネーターである。

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普通サイズと比べるとこんなにデカイのだ!


日本で買うと5000円前後するファーミネーターが2000円ちょっとで手に入った、と小躍りしていたのはほんの数週間前のできごとだが、うちのデカ犬に使ってみたら、小さすぎて一時にほんの少しずつしかとれないのが判った。何しろ広大な表面積があるイベリコ豚である。とれた毛を刃から外しながら作業をしなくてはならないために、背中だけブラッシングするだけでも膨大な時間がかかるのである。

忙しいのに、こんな地道な作業、やっとられんちっ(怒った顔)

管理人は、この世で一番地道なことが嫌いである。ゆえに、アメリカのサイトをうろうろしていてふと見つけたLサイズの大型犬用ファーミネーターなるものに飛びついてしまったのである。

ちなみに、こちらはサイズが大きいだけあって、あちらのサイトでも5000円前後、とかなりお値段がはるものだ。おそらく日本では3万くらいしてしまうので、輸入して売っている人もいないのだろう。

5000円もする犬のブラシはたしかに高い、だがこれを使って短縮できる作業時間を考えるとじゅうぶん価値があると管理人は思ったのだ。

すでにあるのに、2つ目のファーミネーターを買った理由はもうひとつある。最初に買った小型ファーミネーターは、届いた翌日に妹の部屋に持ち去られ、カイをブラッシングしたいとき、いちいち妹にお願いして返してもらわなければならなくなったからだ。

生まれたときから、末っ子として生きてきた妹は、経済的に自立しているいまとなっても「親のものはわたしのもの、姉ちゃんのものもわたしのもの」だと信じて疑わない。ゆえに、家族の誰かが何か良いものを購入すると、さっさと部屋に持ち帰りガメてしまうという悪癖が直らない。管理人が大枚はたいて買ったのに妹の部屋の備品と化している品は数知れず。今回のファーミネーターも「猫用にとてもいい」と持って帰ったまま、すっかり自分のものだと思いこんでいるのだ。

いちいち返せというのも面倒だし、どうせ大きいのが欲しかったからとけっきょくもうひとつ買ってしまったのだが(←これをやるから妹の悪癖が直らない)ともかく、他にサプリメントなどと一緒に買えば送料のもとはとれるし、大犬飼いで今後ファーミネーターの購入を検討中の人にはLサイズのファーミネーターはぜったいお薦めである。

Lサイズといえば、今回スペア用のハーネスも一緒に購入した。ちなみにこちらは1000円ちょっとのお値段である。もともとハーネスはツチノコ兄弟用に買ったもので、最初は2本あったのだが、クリップの留め金部分をまちがって踏んでしまったせいでひとつはお釈迦になってしまった。ふだんは首輪を使っているのでとくに必要はないのだが、なんとなくスペアがあった方が安心、とついでに今回購入した。

インチ表示で書いてあったので、ちゃんと計算もせずに大は小を兼ねるとLサイズを購入してみたのだが、こちらは姫にはちょっとばかり大きすぎたようである。

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たすきを一杯に詰めれば、まあ使えないことはないのだが、やはりうちの子のサイズだとMサイズでもじゅうぶんだったらしい。

ふだん日本だとつねに4Lサイズ以上を探しまわっている身としては、ついつい大きい方が良いだろうと大きめサイズを買ってしまうのだが、アメリカの基準ではうちの子たちなんて中型犬なのだ、とぶかぶかのハーネスをつけた姫を見て、改めて思い知らされた管理人である。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

お買い物ポイント

管理人が記事でとりあげたせいか、隠し子サクラのところから涼犬生活の注文が入ったらしい。さっそく出入り業者からお礼の電話があった。
「毎度ありがとーごぜぇます」

「どーいたまして」

「ところでアフィリティエートやらん?」

「サイトに広告載せるっていうあれ?」

「そうそう。今回みたいにお客さんを連れてきてくれたら、売り上げの何パーセントか還元するよ」

「それは嬉しいが、広告載せちゃうと、マージン欲しくてお宅の商品宣伝してるみたいに思われるじゃん」

「まあ、そりゃそうだが」

「犬猫屋敷の管理人は、自分で使ってみて良いと思わないものは読者の皆さんにお勧めはしないよ。友だちから、悪いときでも貶したりはしないけど、気に入らなければ記事にしない」

「そっかぁ〜つまり、ちょっと奥さま、これお使いになった? っていう井戸端会議ノリなわけね」

「そうそう」

「でもお客さん紹介してくれたから、じゃあお礼にポイントつけてやるよ」

「ホント!? やったね! カイちゃんにナルトの首輪作ってやりたいと思ってたとこなんだ」

「ナルトじゃなくて《うずしお》だ」

「どう見ても天才バカボンのホッペのナルトにしか見えないが……」

「…………」

「ランチ1回分のお値段だろぉ〜それくらい買えよぉ〜」

「今月はもう予算オーバーしてんの。だいたい、1ヶ月に高級ランチ8回も食べるほどあたしゃブルジョアじゃない」

「じゃあ、ご紹介料として500ポイントつけといてやる」

「やったぁ〜手(チョキ)

ふつうのアフィリティエートだとせいぜいつくのは200ポイント前後である。それを500ポイントもつけてくれるとは、ショボイ堅実な越後屋にしては珍しく太っ腹なことを、と思っていたら……



数日後……


「ちょっと、お宅のシステム壊れてるよ」

「なんで?」

「きょう見たら、ポイントが300も減ってた」

「オレが減らしたの」

「なにぃ〜むかっ(怒り) なんで、勝手に他人のポイント減らすのよ!!!!」

「おまえ、この前オレのこと『ひげ面のオヤジ』って呼んだから」

「はぁ?」

「ひげ面のオヤジって言われて、オレの繊細な心が深〜く傷ついた」

「だって、アンタ、ひげ面じゃない! それにどう頑張ったってお兄さんって歳じゃないだろうが!」

「でも、むかっときた」

「そっそっそういうシステムなんっすか?」

「そう。そういうシステムにしたの」

「そんなのありかよぉ〜」

「何でもあり。だってオレの店だもん」

六口を誇る越後屋だが、口八丁手八丁の毒舌管理人にあれこれいわれ、悔しさのあまり枕を涙で濡らす夜もあるらしい。こともあろうに、その腹いせにポイントを減らすという手段にでるとは、ふてえ野郎である。

「じゃあ何? アンタを喜ばせるようなことを言えば、ポイントが増えたりするわけ?」

「そう」

「かっこよくてハンサムな越後屋さんとか言えば、1000ポイントくれるの?」

「歯の浮くようなお世辞の場合50ポイント減点」

「それじゃ一生ナルトの首輪がもらえないじゃないかぁ〜がく〜(落胆した顔)

「ナルトじゃなくて《うずしお》だ。なあなあ、小学校のころを思い出せ。人にひどいことを言ったときは、どうしろって先生に言われた?」

「ご……ごめんなさい」

「犬猫屋敷の管理人、250ポイント追加」

「けっきょく50ポイント減ってるじゃねぇ〜かよぉ〜もうやだ〜(悲しい顔)

「まっ、せいぜいがんばりたまえわーい(嬉しい顔)

ふつうお買い物ポイントというのは店主の気分しだいで変わるものなんだろうか? この調子では、次の大喧嘩の際には、せっかく貯めたポイントがゼロになってしまうかもしれない。減らされるばかりでは、いつまで経っても目的のグッズはゲットできない。そこで管理人も反撃に出た。
「そういえば、ちょっと添削してもらいたい文があるんだが。メールで送るからよろしく!」

「500ポイントつけといてね」

「バイト料、ポイントでもらうんかい?」

「そう。こんどからぜんぶポイントでもらうことにした。あと、この前うちに来たとき、タバコ持って帰ったじゃない? あの分もポイントにつけといてね」

「そうくるか」

「おう。減らされるばかりじゃたまらんからな」

「減らされないように口を慎めばいいだけだ」

「それは不可能。ぜったいに無理」

「口は災いの元っていうだろう」

「毒舌は生まれつきだもん。犬猫屋敷の管理人から毒舌をとったら、何が残る!?」

「何も残らんな」

「でしょ? だからぜったいポイント貯めてナルトの首輪をもらうの」

「買え」

「やだ! 意地でもタダでゲットしてやる!」

「…………まあせいぜいがんばれ」

「もしかしてさ、上目遣いのおねだりポーズしたら、タダでくれたりする?目

「気持ち悪いから200ポイント減点」

ちっ(怒った顔)

てなわけで、管理人はお買い物ポイントだけでナルトうずしおの首輪をカイにつくってやるべく、せっせとポイント収集に精を出している。このサイトを見て、Shy dogでお買い物の際には、「犬猫屋敷の管理人の紹介」とひと言、つけ加えてくださいマシね!

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ナルトの首輪欲しいよぉ〜

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 12:43| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

プチリニューアル

ようやく納品が済んで、心に羽が生えたような気分になったので、屋敷の門構えをこんな風に変えてみた。

とはいっても、屋敷じたいはメンテに手が回らないので、あちらは倉庫兼ドッグランに使うだけなのだが、正面玄関がずっと妙な状態のままだったのが律儀な管理人としては以前からとても気になっていた。以前の日記を復活させて欲しいというリクエストもじゃっかんあったので、この際だからバックナンバーへの入り口をかねて玄関口をプチリニューアルである。

今回のテーマは「Simple is the best」だ。

当初、パウ柄の壁紙などを貼りまくっていたのだが、けっきょくこれに落ちついた。なぜだろうか、一般人なら顔をしかめるようなこんなデザインが、犬飼い管理人には心地よい。トップのフンアイコンは、このためだけに新調したお手製である。

いやぁ〜チャチャッと作ったわりには、我ながら良くできている(←自画自賛)。このリアルさがたまらんわーい(嬉しい顔)

え? なに? 悪趣味?

ふんちっ(怒った顔)なんとでも言うがいい。サイトのデザインは、シンプルで飽きが来ないのが一番よ。どうせ正面から入ってくる人はあんまりいないんだし……最近はみんな直接ここにやってくる。

だいたい、可愛いパウ柄とかのキラキラしたトップから入ってきてみたらこの日記じゃ「詐欺だ!」って思うだろうし。その点フンをクリックして入ってくるような人は、その時点である程度の覚悟ができているはず。

ともかく、今後も時間を見つけて少しずつ過去の日記は上げていきますので、こちらのほうもどうぞよろしくるんるん
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 02:36| Comment(7) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月31日

冷え冷えベッド

お客さまモニターとしてタダでやったクールボードのフィードバックがない!と出入り業者に叱られた。
「せっかく高い物をやったのに、もらったきりで音沙汰なしって、どーいうことよ!?」

「だって、感想述べようにも、使ってないからわかんないんだもん」

「使ってないだと!?」

正確には、使いたくとも使えなかったのだ。越後屋製のクールボード「涼犬生活」の売りは、タイル状のボードを組み合わせて使うので、冬場の収納が楽という点だ。ところが、我が家に持ってきてみたら設計上の重大な欠陥が見つかったのである。

「タイルが動いちゃって、犬たちが怖がって乗ってくれないの」

「なんで動くのさ!」

「だって、うちは床じたいが歪んでんだもん」

うちのコのサイズだと6枚を敷き詰めることになるのだが、たしかに床が平らなところであれば、アルミのタイルを置いただけできちっとはまるのだ。ところが、床が歪んでいるうえに、デカ犬は体重があるのでちょっと身体を動かすだけで、クールボードがずれてしまって、それが犬にとってはとても気持ちが悪いらしい。

「だからさ、使えないのよ。でも冷やっとして気持ちいいから、管理人の足乗せに使おうかと思ってんだけどさ」

「……盲点だったな」

「だね。アイデアは良かったんだが……」

「でも滑り止めのゴムとかつけるとコストがかかって値段を上げざるをえないしなぁ〜」

「滑り止めのゴム程度じゃダメ。やってみたけど、うちだとやっぱりずれちゃうんだ」

「ふつうそれで使えるはずだぞ? おまえんちってよっぽど傾いてんじゃないの?」

「傾いているよ。犬部屋は明らかに目で見えるくらい床が歪んでんだもん」

「それ、身体に悪いと思うぞ。建て替えろ」

「関東大震災2がきたら一発で倒れるから、そしたら建て替えようと思って待ってんだけどさ……来る来るっていいながら、なかなか来ないのよね、大地震」

「…………」

「ともかく、ふつうの家なら問題なく使えるはず。うちの場合は特殊だから、床が傾いてて、なおかつ犬の体重が重いっていう二重苦ですからね」

けっきょくその後は仕事が忙しかったのでしばらく放っておいたのだが、先日ふとアイデアが浮かんでちょっとばかり小細工をしてみることにした。

デカ犬コンビがクールボードを嫌がるのは、床がずれる感覚が気持ち悪くて怖いからだ。そこで、ぜったいに動かないよう6枚の板をきちんと固定する方法を考えたのだ。まず、床にクッションシートまたは滑り止めのゴムを敷く。それだけでは、やはりタイルが動いてしまうので、タイルの裏にガムテープを貼ってタイルどうしを密着させる。そうすればうちの犬の体重が乗っても簡単にタイルがずれることはない。これならしまうときは裏のテープを剥がせば良いだけだし、一石二鳥というわけだ。

そうしておいて、おやつをあげながらボードのうえにしばらくステイさせてみると……

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冷たくてエエ感じ、ということに気づいたらしい。やったねGood

「そっかぁ〜、でも固定しないと使えないんじゃ辛いかなぁ〜」

「うちみたいな例は希有だと思いますけどね。たいていの家は問題なく敷くだけで使えるさ」

じっさい、他のショップで値段を調べたところ、ほぼ同じ材質、同じ仕様のものが倍以上の値段で売られているのだ。むろん、そちらは可愛いパウマークなどが入っていたりするのだが、柄が入っていようがいまいが、使用感は変わらない。

「ガムテープで貼り貼りする手間を考えても、この値段なら管理人は買うね」

「そう?」

「うん。賢い消費者は1円でも安くて品質の良いものを探し求めるものですわよ」

「そっかぁ〜」

「あぁ〜もう1セット欲しいなぁ〜涼犬生活! ほら、うちって2頭いるじゃない? それぞれに冷え冷えベッドがあってもいいと思うんだけど?」

「もう1セットはお金出して買ってください」

さすがに2匹目のドジョウは無理だった。来年の夏までに貯金して、もうひとつ買ってやるとしますかね……
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 16:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする