2006年07月24日

約束

昨日は、ディーの月命日だった。もうあれから1ヶ月も経ってしまったのかと呆然としつつも、しだいに周りからディーの臭いが消えていくにつれて、管理人も残された犬たちも、少しずつディーのいない生活に慣れていっているのが不思議な気がする。

ディーの病気がわかったとき、とうぜんのことながら管理人は呆然として何をどうしていいかもわからなかった。医者の説明を聞いて、残された時間が短いのはわかっていたし、ディーを苦しめるような抗ガン治療や手術の道は断念したものの、さりとて残りの日々をどうして過ごしたらいいか、何をしてやるのがディーにとってベストなのか、考える余裕すらなかったのだ。

すっかり惚けていた管理人の代わりに、癌についていろいろ調べ、よく効くといわれるサプリメントや食材についてあれこれ情報をくれたのは、周りにいた犬友だちだ。持つべきものは犬友だ。ふつうであれば、たかがペットが病気だからと泣きわめいている管理人は単なる変人だが、じっさい動物たちと暮らしている人にとっては、愛犬愛猫を見送らなくてはならない飼い主のつらさが身に染みてわかるのだ。

癌だと診断された当初、管理人は何かというと泣いていた。散歩に行っては涙がこぼれ、ふだんと変わらないようすでツチノコ兄弟が戯れているようすを見ては涙した。せっかく長生きさせようと、身体にいいと言われる餌やおやつばかりを与え、毎年きちんと予防注射もして大切に大切に育ててきたのに、どうしてディーだけこんなことになってしまったのか。世間には残飯を与えられて、散歩にも満足に連れて行ってもらえなくても長寿を全うする犬がざらにいる。なのにどうしてうちだけ、こんな早く愛犬に別れを告げなくてはならないのか、その理不尽さに無性に腹が立っていた。

最初に通っていた獣医の誤診でディーは1ヶ月あまりほとんど栄養のない餌を与えられていた。腸炎と診断されたため、消化器系に負担をかけない炭水化物を多くとっていたのである。結果的にはそれが癌の進行を早めてしまった。だから、末期癌と診断された直後から肉が主体のガッツ食でともかく体力をつけ抵抗力を上げる食餌に切り換えた。

ディーの体調はその日によってまちまちだった。調子が良い日は朝から肉をガツガツ食べる。だが具合が悪くなると手に乗せてやっても何も食べない日もあった。

ある時、手に乗せて鼻先に出した肉の臭いを嗅ぎ、フンと横を向いてしまったことがあった。大好きだった肉も食べないのか。もう長くはないのか、と管理人は不覚にも涙がこぼれた。その瞬間、ディーは慌てて肉を口に入れ、管理人の顔をぺろぺろ嘗めてくれたのだ。

管理人がつらいとき、いつもディーがやってくれた仕草だ。

「大丈夫だよ。食べるよ。オレ、まだまだ元気だから、泣かないでよ」

そういわれているような気がしたのだ。そのとき、初めて自分のすべきことが見えてきた。ディーは毎日そうとうの痛みと闘っている。それでも生き続けることじたいが、ディーが管理人にくれる最後のプレゼントだということに気づいたのだ。管理人のすべきことは、残りの日々をディーにとって楽しいものにしてやること。ディーがこの7年半にくれたものには到底およばないが、それでもできる限り楽しい思い出を作ってやって、最後はきちんと看取ってやる、それが管理人のできるせめてものお返しだと悟ったのだ。

その日から、ディーの前では決して泣かないと決めた。最期のときを迎えるまで、何回「Good boy!」と言ってやれるか、どれだけディーの笑顔を覚えていられるか、それが管理人の目的になった。

同時に「がんばれ」という言葉も口にしなくなった。辛ければ諦めてしまってもいい。苦しいのならサインを出してくれればそのときは楽にしてやる。ディーが食餌を受けつけなくなった時点で安楽死を選択することを管理人は心に決めていた。ただディーが生きたいという意欲を見せている限り、どんなことをしても生きながらえる方法を探していく。その代わり、ぜったいに管理人のいないところでは逝ってはいけない。それが管理人とディーのあいだの最後の約束だった。

動物の医療費というのは冗談ではなく高額だ。単なる痛み止めと定期検査だけでも毎週そうとうの金額がかかっていた。そのうえ肉主体の食餌に各種のサプリメントやおやつ類を用意するのは、その日暮らしの貧乏飼い主には負担だった。だからずっとディーのそばについていてやりたいと思っても出稼ぎ仕事に行かないわけにはいかなかった。

毎週出稼ぎに行くたびに後ろ髪を引かれるような思いがした。痛みが襲ってきたときにそばについてやれないと思うだけで身を切られるような思いをした。ディーも同じように不安だったのだろう。毎週、週末が近づくごとに体調は確実に悪くなっていった。

ディーの容態が急変したのは、木曜日の深夜である。今週も何とか出稼ぎ中の留守番を乗り切った。これでまた週末はずっと一緒にいられると思った矢先に食餌も水も受けつけなくなった。それは、ディーからのサインだったのだ。だが管理人は、翌朝一番で安楽死の処置をする決心がつかなかった。

ディーは最後まで約束を破らなかった。どんなに苦しんでも管理人が戻ってくるまで逝ってしまうことはなかったのだ。それに比べて管理人は一瞬の躊躇から楽にしてやるタイミングを逃した。

犬は人間との約束を決して破らない。どんなときでもまじめに約束したことを忠実に履行する。犬を裏切るのはいつでも人間だ。最後の最後にディーが管理人の教えてくれたのはそんなあたりまえの事実だった。

あと半日早く安楽死の処置をしておけば、ディーに、最期の苦しみを味あわせることはなかった。

「約束を破ってごめん」

虹の橋の向こうについてもう一度ディーに会ったとき、管理人が真っ先に謝りのはそのことだ。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 09:53| Comment(2) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
メールでお話ししたい事があります。
(管理人さまのアドレスを知らないので・・・)
アドレス置いていきますので、宜しければメール下さい。
Posted by くら at 2006年07月24日 16:49
なんだろう……ドキドキ

メール送っておきましたよぉ〜お返事待ってます(^_^)v
Posted by 管理人 at 2006年07月24日 20:34
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