2006年07月17日

ポジティブで行こう!

良き犬飼いは脳天気である。

これは管理人がかねがね思っていることだ。脳天気な楽天家が良い犬飼いになれるのか、はたまた犬と暮らしているうちに脳天気になっていくのかは解らないが、一目見て「おっ、こいつは良い犬飼いだな」と思う飼い主の多くは思いきり脳天気でポジティブだ。

ごくたまに、世をはかなんだように眉間に皺を寄せたマイナス思考の犬というのも見かけるが、犬というのはほんらい脳天気でポジティブな生き物だ、と管理人は思っている。だから、そういう犬と暮らす以上、飼い主のほうもそういう思考回路でいるほうがずっとヘルシーだと管理人は思うのだ。

この世に星の数ほどある「犬の問題行動についてのサイト」を見に行くたびに、管理人はちょっとネガティブな気分になる。あれもこれも我が家の犬に当てはまる。もしかしたら、うちの犬ったら問題犬?! と暗澹たる気分になるからだ。

だが、犬猫屋敷の「問題行動」の定義は、飼い主が「こりゃ問題だわ。矯正しないとうちではもう飼いきれない」と思う行動、と決まっているので、そういうサイトを見てしまったとしても、ふ〜ん世間ではこんなことも問題行動って呼ばれちゃうんだ、とまるで他人事のお気楽気分である。

ちなみに世間でいう「問題行動」は我が家では、「追々直していかないといけない悪癖」と呼んでいる。今すぐにどうにかしないとならない、というわけではないが、決して褒められた行いではないので、日々の生活で少しずつ矯正していけばいいと思っている。

以前、管理人が毒キノコの幻影に悩まされていたころ、姫さんのお食事前のリサイタルについて「それは問題行動であり、犬はこれこれこういう理由でストレスを受けていて云々」とわざわざ言いに来たお節介な奴がいた。ふつうの精神状態なら「だから?」と軽く返すところなのだが、毒キノコの毒にとっぷり浸かっていた管理人は過剰反応の発作を起こした。

管理人はいままでどんなことが起こっても、決して犬を捨てるなどというオプションは考えてもみなかったが、あのときは一瞬、こいつがいるせいで世間からあれこれ言われる。こいつさえいなければ、ととんでもないことを考えたのだ。

忠告しに来た人にしてみれば、よかれと思ってしたことだろうが、結果はまるで逆効果だった。管理人がもし育犬ノイローゼで「もうダメだ、これ以上この犬は飼いきれない」と悩んでいたとしたら、おそらく犬を手放す最後の一撃になっていただろう。

だいたい、ふつうの常識人ならば他人の子どもをつかまえて、「アンタの子はこれこれこういうところが問題だ。こうすれば治るから矯正すべきだ」などという失礼なことは決して言わないだろう。ましてやそのお節介な人間が、育児書を十冊読んで子どもを1人育てただけなどというケースはありえない。ところが犬の世界ではそれがまかり通ってしまうのだ。なぜか犬の飼い方については「これこれこうすべきである」と他人に口だししてもいいと多くの飼い主が誤解している。

だが、飼い主と犬の組み合わせによって、ベストの飼い方は何万通りもあるはずなのだ。それを「うちは○○で成功したからそうすべきだ」とか「XXさんの本にはこう書いてあったから、アンタの飼い方はまちがっている」などというのは、はっきり言って大きなお世話である。

先日犬友と電話で話しているときに、うしろで愛犬が吠えている声が聞こえた。いわゆる警戒吠えの声だったので「誰か来てるよぉ〜」と言ったところ「宅急便の集配だ」と答えたあと、いきなり「うちは、これ直すつもりないから」と言われた。一瞬、管理人はマリアナ海峡よりも深く反省したのである。

もしかして、管理人もお節介ババアになってた?

世間で言われる問題行動だって、飼い主の考え方しだいでどんな風にも見えるものだ。ものは考えようとはよく言ったもので、無駄吠えというと問題行動だが、お歌を歌っていると思えば同じ鳴き声でもちがって聞こえてくる。姫の食餌前のリサイタルについても、誰がなんと言おうと管理人は可愛い、これは姫の持ち芸だ、と思っている。何しろ食器をがちゃがちゃいわせる音が聞こえたとたん、キッチンに飛んできて、メニューを確認し、大好きなおかずが並んでいると、とたんにその場で歌い踊るのだ。あまり好きではない献立だと、踊りだけで歌はつかないのがご愛敬。お客さまが来ているときは、思わず「見て、見て、姫の食餌前のリサイタル!」と胸を張って自慢すらしてしまう。

もし犬猫屋敷が、姫の歌や踊りで近所から苦情が出るような集合住宅だったとしたら、むろんすぐに止めさせる。だが、ここは野中の一軒家なのだ。もう半世紀もここに居を構えているせいで近所づきあいも濃厚だ。だから多少の吠え声では苦情は出ないし、かえってうちに犬がいるせいでこの近所は空き巣の被害が一件もないと感謝されるほどなのだ。むろん、きちんとオスワリをして皿が目の前に置かれるまで待つのが美しいのは解っている。だが、必要ないのに犬にあれしろ、これしろ、というのは管理人は好かないのだ。

たしかに、問題行動の解決に全力を注いで頑張っている飼い主さんというのは立派だとは思う。だが、うちの子がまた何かしでかすのではないか、とドキドキ、おろおろしながら犬と生活するくらいなら、許せるところは「これはこのコの個性なのだ」と受け入れることで適当にあしらうお気楽さもまた必要なのだと、管理人は思っている。

管理人は完璧とはほど遠い人間だ。だから、犬にも完璧さなどは求めない。のんびり屋で気分が乗らないとコマンドに従わないのなら、それでもけっこう。嬉しくなると思わず歌い踊ってしまうのなら、それはそのコの個性なのだ。できるところは採りいれて、いらないところは切り捨てて、そうやって飼い主と犬にとってベストの飼い方を見つけていくのが、不幸な犬を減らす一番手っ取り早い近道だと管理人は思っている。

血まみれになっても、痣だらけになっても、それでもうちの犬は最高!と言えると脳天気な飼い主は、決して犬を捨てたりしない。世間から見たら問題だらけの飼い主と犬であっても、そういうペアが増えていけば、少なくとも捨てられる犬は減っていくのだ。

落ちつきのないやんちゃな悪戯犬は、見方を変えれば好奇心旺盛な可能性あふれる名犬予備軍だ。臆病なビビリ犬は、おとなしくて飼いやすい最高のパートナーだ。犬は飼い主に変われなどとはいわない。だから、飼い主のほうも犬に過度な期待をかけるべきではないのだ。99の良いところがある犬のたったひとつの欠点を矯正しないと、と思いこむくらいなら、目をつぶれるところはつぶってみるのも、ひとつの方法だと管理人は思うのだ。

うちの犬は問題犬だとくよくよ悩んで一生過ごしても、これは個性だと開き直ってどっしり構えて暮らしても、時間は同じように過ぎていく。犬の一生はほんとうに短い。ならば思いきり楽しんだ方がお得だよ。

脳天気であることは、悪くない。少なくとも犬を飼うにあたってはこれも長所、と管理人は信じている。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:57| Comment(7) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする