2006年07月15日

毒キノコ

管理人は、いわゆる世間でいうところの帰国子女である。

帰国子女というと人は「まあ外国語ができて羨ましいわね」と単純に思うらしいが、じつは外国語が苦手な帰国子女というのもいる。「英語の苦手なアメリカ帰り」ほど悲惨なものはない。いまでこそ、英語を飯の種にしている管理人だが、じつは三十路をすぎるまでは英語が大の苦手だった。

多感な時期を海外で過ごした管理人が、あの生活から得たものは、語学力でも国際人としてのセンスでもなく、度胸と開き直りと立ち直りの早さだ。帰国子女の親はたいてい

「子どもなんて現地に行けば言葉なんてすぐ覚えるし、けっこうやってけるものなんですよ」

と割と軽く考えているが(うちの親はこの典型)、じっさい、いきなり言葉もわからない環境に放り込まれる子どもの立場としては

「んざけんなよ! そんな甘いもんじゃねぇんだよ!」

という気分である。ちなみに親の多くは外国の地でも日本と変わらぬ暮らしかたをしていく。日本企業の現地事務所で日本人に囲まれて働き、日本から送られてくる1日遅れの新聞を読み、日本語放送を見ながら、駐在日本人のコミュニティー内で人づき合いをしていく。それに比べて、現地校に放り込まれた子どものほうは、すぐに言葉を覚える、のではなく、覚えざるをえないのだ。生きていくためにはその場に順応していかざるを得ない。だから外国語もすぐに喋れるようになるし、外国人とのつきあいかたも自然と身につくようになる。

子どもというのはどこの国でも残酷なところがある。だから言葉もわからない片言の英語を笑ったりはやし立てたりするものだ。そういう経験を繰りかえすと人間度胸が据わってくる。

「ふん、じゃあ、てめえらは日本語が喋れるってぇのかよ! あいうえおって書けるもんなら書いてみろ!」

そう思った瞬間に外人が怖くなくなるのだ。身振り手振りだろうが言いたいことが伝わればいい。開き直ると人間、誰しも強くなるものだ。

辛い日々も、すぎてしまえば笑い話だ。夜明けの来ない夜などないのだと、子どもなりに体験し、多少落ち込むことがあっても割とすばやく立ち直ることができるようになる。周り中から「いま鳴いていたカラスがもう笑った」と呆れられるような管理人の立ち直りの早さは、あのころの経験からきたものだ。

これは外国に行った年齢や滞在期間によってちがうので、帰国子女が一概に皆そうだとは言えないのだが、多くの帰国子女が2度大きなカルチャーショックを受けることになる。

ひとつめは最初に外国に行った瞬間。見るもの聞くものがすべて珍しく、言葉も習慣も違う外国に着いたとき、人は多かれ少なかれカルチャーショックを受けるものだ。これはもちろん大人も同じなので、この体験は親と共有できるものだ。だが、2度目のカルチャーショックに関してはおそらく子どもだけが感じるものである。なぜなら、日本人としてのきちんとしたバックラウンドができあがった大人は、これを感じるはずがないからだ。

2度目のカルチャーショックは日本に帰ってきたときに起こる。外国ではずっと外人だった自分が、母国に帰ってきたはずなのにしっくりそのなかに溶けこめないのだ。

「おかしい。こんなはずはない。わたしは日本人なのに。あちらではずっと外人扱いされていたけれど、帰ってくればもう外人じゃなくなるはずだったのに……」

でも自分は外人なのだ。日本人の親から日本で生まれ、日本語を話している自分が、完全に日本という国に溶けこめないというカルチャーショックは第一のそれよりもずっと大きい。小難しい心理学用語で言えばアイデンティティーの崩壊ということになるのだろうが、ここでもまた帰国子女は、異なる社会に溶けこめるよう孤軍奮闘せずにはいられなくなる。

正直それがどういうものであるか、言葉で説明するのは難しい。ありていに言えば日本人であるにもかかわらず、あ、うんの呼吸に疑問を呈してしまう妙な日本人とでもいうのだろうか、ふつうの日本人なら不思議とは思わないことに「なんで?」と質問したくなる。帰国して早数十年が経ち、菊のご紋が入った真っ赤なパスポート(いまは紺になったんだっけ?)を持つ管理人だが、じつはそのうちの数パーセントがいまでも外人なのだ。
だからふつうの日本人が気づかないところが目についてしまう。

「日本人って○○だよねぇ〜」

じゃあ、おまえは何人なんだ!? ふつうの日本人ばかりのところではなるべく口にしないよう心がけているのだが、管理人の頭の中にはつねにこんなことが渦巻いている。これを気にせず言えるのは、帰国子女同士で会話するときだけだ。ちなみに、帰国子女同士の会話では言葉がチャンポンでもかまわないので、これも楽なところなのだ。管理人は英語の会話はいまだに苦手だが、バイリンガルというのはじつは英語と日本語のどちらかがそのときによって頭に浮かんでくる。これも言葉で説明するのは非常に難しいのだが、日本語で会話しているのにもかかわらず、返答が英語で浮かんでくる瞬間があるのだ。ふつうの日本人と話しているときは、それを瞬時に日本語に置き換えて話す。だが、中には完璧に置き換えられない言葉というのもあって、そうすると言いたいことが完全には伝わらない、というフラストレーションを覚えてしまう。

人は誰しも、知らず知らずのうちに毒キノコを食べてしまう瞬間というのがあると思う。何が毒になるかは、その人の生い立ちやいままでの人生によって変わってくる。ある人にとっては無害なマイタケだって、他の人にとっては毒キノコになる。毒が効いているあいだは、幻聴が聞こえるし、冷静な判断力も失う。

おそらく昨年の末から今年の前半にかけて、管理人は毒キノコを知らず知らずに食べていたと思う。だから、いま思えばなんでもないことにくよくよしていたし、過剰反応を起こしていた。ふつうは、あのころのことを思うと恥ずかしくて人前になど出られないはずなのだが、それでもこうしてのこのこ、また姿をあらわすところが立ち直りの早い帰国子女のいいところだ(←ポジティブな姿勢も帰国子女の特徴)。

管理人にとっての毒キノコは「ねばならぬ」と言われることだ。「みんなが○○だからこうしなさい」と言われることは、なんとなくどこかこの社会からはみ出していると常々感じている管理人にとってはとても居心地の悪いことなのだ。それでも多くの場合は周りに合わせることを知っているし、一見とけ込んでいる風を装うことには子どものころから慣れている。それでも、度が過ぎるとそれが毒キノコに変わる瞬間がある。

どうせ自分ははみ出しものなんだ。やっぱりここでも自分は外人扱いだ、と思ったとき、毒キノコの効果が現れて幻聴が聞こえたり幻覚が見えてしまうのだ。

毒キノコのいいところは、いつかその効果も切れるということだ。むろん、どんどん追加で毒キノコを食べ続ければ一生治らないこともあるだろうが、たいていは時間が経てば

「あれ? 何やってたのあたしってば?」

ということになる。管理人には幸い数少ないが良い友人が周りにいるので、毒キノコの幻覚に踊らされて口汚く他人の悪行をののしる管理人にしっかり冷や水を浴びせてくれる。そうすると我に返って次の毒キノコに手を伸ばさずに済むのである。

毒キノコを憎んで人を憎まず


毒キノコではなく人を憎んだ瞬間に、人は次の毒キノコに手を伸ばしているのかもしれない。

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 17:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする