2006年07月08日

変化

DJがいなくなって、管理人を含め家族が一番心配したのは、カイザーがディーの死をどう受け止めるかという問題だ。2頭は生まれたときからずっと一緒に暮らしてきた。カイザーが脚に怪我をして1日入院したときと、ディーだけを連れて出かけるという非常にレアな状況を除いて、彼らはいつも一緒にいた。その片割れがいなくなったことで、カイが大きなストレスを受けるのは、ほぼまちがいなかった。人間もそうだが、ストレスというのは大敵だ。仲のよかった群の仲間がいなくなって、残された犬があとを追うように逝ってしまったというのは決して珍しい話ではないのだ。

人間が考えるより、犬はずっと繊細な生き物だ。群で生きる社会性のある動物であるが故、ちょっとした生活の変化が原因で体調を崩すこともままある。たとえば、それまでずっと家にいた飼い主が、頻繁に出かけるようになっただけで餌を食べなくなったり、問題行動を起こしたりする。

カイの場合も、ディーを見送って数日はたしかに元気がなかった。餌もなかなか食べようとしなかったし、ディーの具合が悪くなってからはほとんど一緒には行っていなかったにもかかわらず、散歩のときもしょんぼりしていつものカイらしくなかった。

だが、ディーの死から1週間、10日と経つうちに、しだいに以前の元気を取りもどしてきた。カイの心理にどのような変化があったかはわからないが、いまは以前の通り餌も残さず食べるようになったし、散歩も尻尾振り振り元気に出かけるようになっている。

翌日火葬場に連れて行くまでのあいだ、ディーの遺体は部屋の隅を囲ってそこに寝かせておいた。管理人が寝ているあいだに、他の2頭が悪さをしないよう柵を立てておいたのだが、カイがその柵越しに動かなくなったディーの姿をじっと見つめていたのが印象的だった。犬が仲間の死というものをどう受け止めるかは管理人にもわからない。ただ、カイが自分なりに相棒に対してお別れをいっていたような気もするのだ。

ディーがいなくなったことで、カイの態度に変化が生じた。

犬猫屋敷の犬たちの順列は、ディー、姫、カイにある程度固定されていたので、ディーがいなくなったあとは姫が群を仕切るのだろうと管理人は予想していたが、意外にもディーが抜けた穴を自分が埋めなければならない、とカイは考えている節がある。

パピーの頃から、カイは外で排泄するのがとても苦手で、できれば散歩の前に室内トイレか庭でぜんぶしていきたいというタイプの犬だった。マーキングもほとんどせず、小さい頃はお出かけ先では一切排泄ができないような臆病な犬だった。ところが、最近カイは散歩のたびにせっせとマーキングをするようになったのだ。ディーほど頻繁ではないものの、それでも要所要所で脚を上げるようになった。

散歩のとちゅうで群の仲間がちゃんとついてきているか、ふり返ってチェックして、遅れているものがいればその場で待つのも群の隊長としてのディーの役割だったのだが、最近はカイがこれをするようになった。

散歩から戻ったあと、玄関で足を拭いてもらう順番は、これまたディー、姫、カイとなんとなく決まっていたにもかかわらず、いまはカイが姫より先に足を拭いてもらおうと上がってくる。以前はカイに負けじと姫も先を争って上がってきたものだが、いまは、姫もカイが先に足を拭いてもらうのがとうぜんだと思っている節がある。

足を拭いたあと、カイはとうぜんのように風呂場に行く。そこで洗面器に水を張ってもらってそれを飲むのがディーは大好きだったのだが、なぜかいまはカイがそれを要求するようになった(別の要求吠えをするとか騒ぐわけではなく、ただ風呂場の入り口で物欲しそうな顔でたたずんでいるだけなのだが)。ディーがいた頃は洗面器の水などには見向きもせず、さっさと部屋に帰って部屋の水入れから飲んでいたにもかかわらず、いまは洗面器の水が大好きになった。

たぶんカイはこんな風に思っているのだ。

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このたび、新たに隊長に選出されたカイちゃんです。
一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


選出されたっていうか、単なる順送りだろうと管理人は思うのだが、本犬が張り切っている以上ともかくやらせておくのがいいのかな、と思っている。いままでは、ディーくんがいるからボクはいいや、と思っていたことを、カイはいませっせとやっているようなのだ。むろん、もともとアルファ気質が極端に弱いカイにとってディーの代わりは荷が重いだろうし、それじたいがストレスになるということも考えられる。とはいっても、マーキングするのを止めろとはいえないし、かといって、代わりに管理人がマーキングして回るわけにもいかないしふらふら

いずれにせよ、カイが今後どのように変わっていくのか、姫とカイの関係がどうなっていくか、犬猫屋敷の群全体にどういう変化が訪れるのか、管理人としては犬の小さな仕草を見逃さずに見守っていきたいと考えている。

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 12:37| Comment(2) | TrackBack(0) | カイザー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

ペットロス

今さらながら、ペットロスに陥っている。

病気のせいで、ディーは最期、短いながらそうとう苦しんだせいか、見送った直後は、これでよかった、あのコはいまごろもう痛みを感じていないのだ、と自分を納得させていたのだが、月日が経つうちにしだいにディーの抜けた穴がぽっかりと口を開け、失ったものの大きさに呆然としている。

我が家には、あいかわらずあれこれやらかしてくれる2頭の犬たちが残っているし、猫もふらふらしていたりと気を紛らす術はあるのだが、何匹動物を飼っていようが、いなくなったコの代わりにはならない。姫にブラシをかけながら、そういえばディーは管理人がブラシを持つとすっ飛んできて前に座ってブラッシングして、とねだったっけな、とかカイと引っぱりっこをして遊びながら、ディーがいた頃は、カイとこうして遊んでいると焼き餅を焼いて邪魔しに来たものだ、と思いだすたびに涙がこぼれてくる。

弔いの方法というのは人によってさまざまだ。浴びるように酒を飲んで悲しみを忘れる人もいれば、人に話すことで楽になれる人間もいるだろう。管理人の場合は、こうして文章を書くことで、少しずつ時間をかけてディーに別れを告げている。いまでも、ディーのお骨は管理人の枕元に置いてある。いつになるかわからないが、ほんとうに管理人が心からディーを見送る気になったとき、土に返してやろうと思っている。

1年ほど前のことだと記憶しているが、保護活動をしている人たちのあいだで、ある話が一斉に広がった。多くの人が自分のサイトに載せていたので、読んだ記憶のある人も多いとは思うが、うる覚えながらたしか、犬の世話をほとんどしない飼い主が獣医に持ち込んだ犬が、助かる見込みのない重病で、飼い主は犬を置いて帰ってしまって、見るに見かねた獣医が安楽死させたというような話だった。皆さんしきりと「こんな飼い主は最低だ」「こんな可哀想な犬を減らそう」と書いていたのだが、管理人はその話を読んだときなんとなく釈然としない思いがした。そのときは、何が心に引っかかったのか巧く説明できなかったが、ディーを見送ったいま、あのとき感じた違和感の正体がわかった。

たしかに世話をしない飼い主に重病の犬を戻しても、苦痛が長引くだけで安楽死させるのがもっとも人道的な処置だとは思う。最期にほんの少しでも人の愛情を感じさせてやれたのも犬にとっては幸いだっただろう。安楽死をさせた獣医にとってはできる限りのことをしたのだろうが、犬と飼い主にとってそれが最善の方法だったのだろうか、と考えたとき、管理人は疑問に思うのだ。

どんなにひどい飼い主であっても、犬にとっては自分の飼い主が最高の飼い主だ。犬は他犬と自分の環境を比べたりしない。予防接種をしてもらえなくても、安い餌や残飯を食わされていても、めったに声をかけてもらえなくても、散歩に連れて行ってもらえなかったとしても、犬はやっぱり飼い主に振り向いてもらいたいと欲している。1日に数分しか声をかけてもらえなくても、犬は1日中その瞬間を待っていて、尻尾を盛大に振って大喜びする。それが犬という生き物のすばらしいところなのだ。飼い主がたとえ1しか愛情を与えなくてもいつも100%を返してくれる。

そんな犬に人間がお返しできる方法はひとつしかない。最期のときに、黙ってそばについていてやること。死という姿の見えない敵に立ち向かっている家族のそばで一緒に戦ってやることだ。それは人間にとって、決して楽なことではない。できれば元気な頃の姿だけを覚えていたいと思うだろう。だが、そこで逃げるような人間は最初から生き物を飼う資格はない。命あるものは、いつかこの世を去っていく。その瞬間をきちんと見送る覚悟がないのなら、はじめから動物など飼うべきではないのだ。

だから管理人は、飼えなくなったからといって動物を捨てる人間、処分してくれと保護センターに持ち込む人間を軽蔑する。もしほんとうに飼えなくなったのなら、きちんと飼い主の見ている前で逝かせてやるべきだ。最期の瞬間、独りぼっちで不安のなかで旅立たせるような真似は決してしてはいけないのだ。たとえグッピー飼いでもいい、まともな餌を食べさせられなくても、外飼いでろくに散歩に連れて行ってやらなくても、きちんとしつけをして犬のニーズを満たして幸せな生活をさせてやらなくてもかまわない。だが、最期をきちんと看取ってやるくらいは、どんな飼い主だってやろうと思えばできるはずだ。その責任を放棄するような人間は、生き物を飼う資格などないはずだ。

飼えなくなった犬や猫を自分の手で殺さなくてはならないとなったら、もうダメだ、うちでは飼いきれないと思う人の多くはもう一度頑張ってみようと思うだろう。引っ越し先で動物が飼えない? そんなことは言っていられない。どんなに家賃が高かろうがペット可の住宅を探すだろう。しつけが巧くできなくて、手に負えない犬になってしまった? 飼えなければ自分で殺さなくてはならないのだ。それを回避するためなら、しつけが苦手なんて言ってはいられなくなる。

だから、無理を承知でいうならば、冒頭の安楽死の話も、どんなことをしても飼い主に立ち会わせるべきだったのだ。それこそ首に縄をつけてもその場に引っぱってきて、犬がこの世を去るさまをきちんと見せるべきだったと思う。犬にとっては見ず知らずの他人に囲まれて逝くよりはずっと安心できたはずだし、その無責任な飼い主にも命というものがどういうものかわからせる効果もあっただろう。それをせずに、ただ犬が可哀想だ、こんなひどい飼い主は許せないと騒ぐだけでは何も状況は変わらない。

ディーの死は決して楽なものではなかった。眠るように静かに息を引き取ったというのにはほど遠い。病気がわかったあとも、救ってやることはできなかったし、痛みを完全にとりさってやることすらできなかった。ディーの期待になにひとつ応えられなかった、ダメな飼い主だったと後悔ばかりの毎日だ。それでもたったひとつだけよかったなと思うのは、最期の最期にずっとそばについていてやれたことだけだ。最期にディーの瞳が見たものは、管理人と仲間の犬たちの顔だった。

管理人の記憶のなかから、ディーの苦痛にゆがむ顔が消えることはないだろう。それでも心静かにディーの冥福を祈れるような日が来るまで、管理人の弔いは続いていく。

【犬の十戒 10】
Go with me on difficult journeys.
Never say, "I can't bear to watch it ." or " Let it happen in my absence."
Everything is easier for me if you are there.

Remember I love you.


旅立ちの時には、そばにいて。
「見ているのがつらいから」とか「わたしがいないところで逝かせてあげて」なんていわないで。
あなたがそばにいてくれれば、ボクはどんなことでも耐えられる。

忘れないでね。あなたのことが大好きだよ。


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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:55| Comment(3) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

もったいない

将軍さまんとっからミサイルが飛んできた。おそらく歴史に残る大事件なのだろうが、お気楽姉妹はいつものごとくチャラケて将軍さまの心理分析をやっている。

「せっかくドイツを応援してたのに、セミファイナルで負けちゃったから、コイツコイツ!って目の前にあるボタンを押しまくっちゃったとか?」

いちおう一国を率いる指導者なわけだし、そんなことはありえないが、いい歳してディズニーランドに行ってみたいというだけで密入国して見つかってしまうような人のオヤジである。もしかしたら、もしかするってこともあるかもしれない。

ほんとうにミサイルが落ちてきて、当たっちゃったりしたら、たぶんすごく痛いのだが(痛いだけじゃ済まないと思うふらふら)生まれたときから平和ボケしたこの国で暮らしていると、お隣さんがじつは軍事国家だったといわれても、なんとなくピンと来ないのだ。

一説によると、ミサイル1発発射するのに100億円あまりかかるらしい。管理人のような貧乏人にとってはそれがどれほどの金額かは想像もつかないが、飢えと寒さで年間何万にもの人間が死ぬ国で、1日に700億円を一気に使うっていうのは、どう考えても「もったいない」な、と小市民な管理人は思うのだ。同時に、貧困にあえいでいて、国際社会の援助が必要だとさんざん騒いでいる割には、一気に大金を使ってしまう将軍さまにはオイオイおまえ、と言ってやりたい。

「皆さんの暖かいお心が活動の唯一の手段です。手弁当で頑張ってます。どうか援助をお願いします」

と言われて、ようやくかき集めた寄付金や援助物資を持っていってみたら、運営事務所が六本木ヒルズにあった……みたいな違和感を覚えるのだ。

「お金がないんじゃなくて、使い方がまちがってんじゃないの、あんたらexclamation&question

いわば、そんな気分である。

700億円あったら、さぞやたくさんの人のお腹がいっぱいになるだろうに。ミサイル7発打ち上げる燃料を使えば、来年の冬を越せる家族はどれくらいいるのだろうか?

勘違いしたカウボーイハットのオッサンが、「世界に自由と民主主義を!」とか言いながらいきなり戦争をおっぱじめないのは幸いだが、経済制裁もやり方をまちがえると、貧しい人がますます食べられなくなるよね。将軍さまのおかずが3品ぐらい減るのはじつに喜ばしいことだが、ただでさえおかずがない家族がご飯まで食べられなくなるのはやっぱり問題だ。

「日本人はもっと怒るべきだ」
「有事の対策に防衛の強化を!」

青筋立てて騒いでいるいわゆる専門家の発言を聞きながら、いいじゃん、平和ボケしてたって。平和ボケしている人間ばかりなら世界はきっと平和になるよ、と脳天気に思っている管理人なのだ。

「戦争になったら、あなたはどうしますか?」

「怖いから逃げます」

そんな腰抜けの、性善説を信じてる平和ボケした人ばかりならば、戦争なんて起こりようがないのだから。

それが証拠に、バセットばかりの集団ではぜったい喧嘩は起こらない。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

お友だち

雨は嫌いだもうやだ〜(悲しい顔)

トイレは基本的にお外が好きるんるんというディーが元気だったころは、雨が降ろうが槍が降ろうが毎日2回の散歩は欠かせなかったが、カイと姫は大小共にしたくなれば室内トイレで済ませるので、きょうのような1日中雨の日は散歩をさぼってみようかとも思ったのだが、けっきょく2頭とも律儀に我慢しているのを見て、嫌々ながら小雨になったタイミングを見計らってトイレ散歩に行ってきた。

以前は雨だと散歩のテンションが極端に低くなっていた姫さんだが、最近は雨だろうが嵐だろうが嬉々として散歩に出かけていく。たとえ、びしょ濡れになったとしても、家に帰れば身体を拭いてもらえて寒い思いをすることもない。人にふたたび飼われるようになって2年の歳月が経ち、ようやく姫もまたふつうの脳天気なペットの感覚に戻ったのか、はたまた散歩マニアの飼い主に飼われている以上、嫌でも散歩は義務なのだと考えているのかは知らないが、ともかく、最近はよっぽどひどい降りでないかぎり、雨の中のお散歩も姫にとっては楽しみになった。

物の本によると、臭いというのは湿気があるほうが強くなるのだそうだ。だから臭跡追跡犬が犯人や行方不明者を捜索する際も、ピカ天の日より雨上がりのあとのほうが、成功率が高いのだという。

出かける前は

「この雨のなか、ほんとうに行くんっすか?」 ふらふら

みたいな顔で飼い主を見上げるうちの方々も、いざ外に出てしまうと、雨に濡れるのも忘れたように、しきりに鼻をピクピクさせてあたりの臭いを嗅ぎまくる。セント・ドッグの血を引く彼らにとっては臭いを嗅ぐという行為じたいが何よりの楽しみであり、喜びなのだ。

ときには草むらや植え込みのなかに顔を突っ込み延々何かの臭いを嗅いでいる。臭覚が極端に弱い人間にはしょせんわからないことなのだが、そこにはきっと、とびきりの情報が書かれているにちがいない。

植え込みや生け垣に身体を半身つっこんで熱心に臭いを嗅いでいるうちに、妙なおみやげをもっらってくることがある。たとえばカイはしょっちゅう顔をプチプチだらけにしているし、姫だっていろいろつけてくることはある。

たとえば、知らず知らずのうちにお友だちが家についてきちゃったりとか……

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お邪魔しま〜す! 
初めましてm(_ _)m ナメクジと申します!


がく〜(落胆した顔) どうせ連れてくるのなら、せめてカタツムリにしてほしい(涙)
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 16:24| Comment(3) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

オイ、老い?!

電車に駆け込み乗車しようと走ったら、脚をつったもうやだ〜(悲しい顔)

電車に向かって走ったくらいで脚をつるような年寄りは、ふつう眠りが浅くて嫌でも早朝に目覚めるものらしいが、おかげさまで管理人はあいかわらず小学生なみに毎日爆睡している。だからとうぜんけさも目の前の電車に飛び乗らないとみごとに遅刻だった。ゆえに思いっきりダッシュしたところ右のふくらはぎがパコ〜ンといってしまったのだ。

数年前まで難なくできたことが、いきなりできなくなると、とつぜん歳をとったような気分になる。むろん、毎日少しずつ確実に細胞が死滅しているのだが、んなことはふつうは気づかない。

人間、自分の歳というのは都合よく忘れるものだ。管理人は定期を買わない生活を始めてすでに10年近くなるので、思いっきり自分の歳を忘れている。ギャーッ、アタシってもうそんな歳なの? と思うのは、自分と同世代のタレントやスポーツ選手の顔を久しぶりにテレビで観て「こいつも老けたな」としみじみ思うときぐらいだ。

むろん、見る影もなく老けている芸能人と比べると、自分は取り返しがつかないほど老化しているのだが、鏡さえ見なければそんな恐ろしいことには気づかない。人間、幸せに生きるためには見て見ぬ振りをすることも大切だ。

中田がいきなり引退宣言をした。本人はずいぶん前から心を決めていたようだが、誰にもいわずあっさり最後の試合が終わったあとで「あれがじつは引退試合でした」というところが、中田らしいという気もする。対して、シーズンはじめから宣言して、半年かけて引退試合をやっている新庄のような選手もいる。2人に共通しているのは、端から見るとまだまだできる、いま辞めるなんてもったいないと思うところだろう。だが、本人だけがわかる限界というものが来てしまったからこそ、ここで終止符を打とうと決めたのだと想像する。どこが引き際か、というのは本人にしかわからない。それがきっとプロの道の厳しさなんだろうな、と引退宣言したわりには、あっさり数ヶ月で戻ってきたキャンディーズのような自分は思うのだ。

それにしても、世界大会にはもう出てこないが、いまだに現役で頑張っているカズやゴン中山ってやっぱりすごいよ、と痛む脚を引きずりながら管理人は感動している。プロのスポーツ選手と素人のオバサンでは、しょせん鍛え方がちがうのだが、それでもほぼ同世代の彼らがピッチを走っている姿には感動すら覚えるのだ。この際だから、彼らには是非還暦まで何とか頑張って欲しいと思っている。

ちなみに、管理人とタメ歳の有名人(?):出川哲朗、ジミー大西、東海道新幹線

……なんか、文句あっかexclamation&question


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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:22| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

ハンター!?

朝っぱらから大騒ぎがあった。

むろん朝といっても管理人の朝なので、世間の人はとっくに会社に行っている時間である(←早起き生活?!……過去はふり返らないのが管理人のいいところだ)。いつものように寝ぼけ眼の管理人が散歩の支度をするあいだ、犬たちは庭で排泄を済ませていた。目が半分開いた状態で、管理人が機械的に部屋の雨戸を開けているとき、排泄を済ませたカイと姫が目配せするのが管理人の目の端に写った。

はて、あの2頭がこそこそ何かを相談しているとは、妙なこと……

ディーがいなくなってから、カイと姫の関係はよく言えば単なる同居犬、悪く言えば他犬の関係、要は一緒に暮らし寝食共にしているとはいえ、あくまでもそこにいるからしかたなくという態度がありありと見える。最初は仲の悪かったディーと姫だが、最近は気が向けば一緒に遊んだりする関係になっていた。ディーとカイは兄弟犬なのでもちろんしょっちゅう一緒に遊んでいた。つまりディーがあいだに立って3頭の群のハーモニーができていたのである。そのディーがいなくなってしまった今、カイと姫の微妙な関係が続いている。小学校のとき、3人で仲良しトリオだったのが、中心となる1人が転校してしまったあと、残された2人がなんとなく気まずくなってしまう……要はそんな感じなのだ。

ところがきょうはその2頭がこそこそ何かを相談している。やがて、2頭は尻尾振り振り家の裏へと駆けていった。もしかして、ジィジとのいたちごっこを繰り広げながら、姫がせっせと毎日掘り進めている秘密トンネルを一緒に掘りに行ったのかと考えていると、やがて裏手から犬たちの妙な鳴き声が聞こえてきた。

これはおかしい……ぜったいにおかしい!!!!

管理人が駆けつけると、そこではバトルが繰りひろげられていた。バトルの相手はよく近所で見かける野良猫。1対2の戦いはどう考えても身体も小さく弱いはずの猫のほうが優勢だった。

姫、猛然と猫に飛びかかった!

猫はひらりと身をかわした!!!

猫の攻撃! 姫は3のダメージ!

カイちゃん、勇気を持って猫に突進!!

猫はカイの背中にひらりと乗って爪を立てる!!!!

カイちゃん、悲鳴と共に後退!


管理人の頭のなかではツクールの戦闘のテーマが流れていた(納期を終えて暇なんで最近またRPGゲームにはまっている)。大きさはさておいて、管理人の見る限りこのバトルは完全にボスキャラ戦の様相を呈している。そりゃそうだわな。主要戦力だったディーがこの場にいないんだもの。歌声で勝負の姫と回復専門のカイちゃんじゃ子猫相手でも勝てるわけないわ。おまけに追いつめられた猫は、やる気満々でかかってくる。何とか退路を開けて猫をその場から逃がそうとする管理人の脚に飛びついてきて噛みつく始末である。

こりゃ、ともかく犬たちを回収して家に入れないことには、そのうち犬たちが大怪我をする。犬と猫の喧嘩の場合、猫のほうがやられるということはまずほとんどありえないのだ。ふつうのペットで飼われている犬の場合、身体は小さくてもぜったいに猫のほうが強い。猫は身も軽いし、興奮するとためらいなく爪を立てたり噛みついたりする。それに対してふつうの犬は(猟犬として飼われている犬の場合はちがうが)よっぽどのことがない限り猫相手に真剣に牙をむくことなどありえない。

犬たちにとって、これは単なる遊びなのだ。それに対して野良猫は命を賭けて戦っている。どちらに武があるかは火を見るより明らかだ。

で、ともかく犬たちを捕まえたいのだが、持っていたリードはすでに敵にとられている(猫を追い払おうと振り回したとき、猫が爪を引っかけて、思いっきり反対側にぶっ飛んだのだ)。仕方がないのでまず姫を捕まえ、そのまま姫だけを連れてじりじりと玄関に向かって後退した。管理人と姫がいない状態でカイがひとりで応戦するということはありえない。腰抜けカイちゃんは、仲間のあとを追って慌てて戻ってくると踏んだのである。

管理人の読みは当たった。飼い主と頼りになる仲間がじりじりと撤収していくのを見て、猫に対して「ガーッ」とか「ウォーッ」とか妙な威嚇の声を出しながらも(威嚇するまでもなく、猫は自分のテリトリーに入ってこなければ反撃などしないのだが)カイも玄関に向かってジリジリと後退し始めた。

ようやく2頭を回収し、どうにか自力で玄関を開け(ジィジが家にいたのだが、いつもの通りまったく役には立たなかった)、犬たちをそのなかに放り込んでから水を持って猫のようすを見に行った。

まだ興奮冷めやらぬ猫は、管理人の姿を見ただけでまたもや「シャーッ」と戦闘モードに入っていたが、水の皿を置いて、安全な距離まで下がって見ていると、ゆっくりとだが皿に近寄って動きだした。見たところ血は出ていないようだし、脚を引きずっているようすもない。身体のどこかを嘗めているようすも見えない(動物は怪我をしたり、痛いときはその部分をしきりに嘗めるものだ)。とりあえずは大丈夫だろうと踏んで、猫をそのままにして家に戻った。

まったく、朝っぱらから近所中に犬の嬌声と管理人の怒号が響き渡る大騒ぎである。もしかして、ものすご〜く訓練の入った使役犬みたいな犬ならば「No Come」と言えば飼い主の元におとなしく戻ってくるのかもしれないが、ハウンドの本能に火がついてしまった2頭のフツーの犬をフツーの飼い主が扱うのは、やはり容易ではない。

それにしても、猫を取り囲んで巧く逃げ道を塞ぎ、ジリジリと追いつめながら歓喜の声をあげている2頭を見て、やはりこいつらの祖先は猟犬なのだ、こいつらは猟をするために生まれてきているのだ、とつくづく思った。猟のしかたなど教えたことはないのに、ちゃんとポジションをとって、群で猟をするあたり、犬の本能はすごいとつくづく感心する。1年教えてもいまだにフセができないのに、どうしてそういうことは教えなくてもできるのやら……これをヒントにまた新たな姫のトレーニング方法を考えなければと頭をひねる管理人である。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 13:46| Comment(8) | TrackBack(0) | うちのコたちの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月02日

戦い

サイトを離れていたあいだ、我が家に起こった最大の変化は、デカ犬トリオがデカ犬コンビになってしまったことである。

先月の末、犬猫屋敷の隊長犬ディーが虹の橋を渡っていった。サムライ・ジャパンの予選敗退が決まった6月23日のできごとだ。日本国民の願いも空しくジーコ・ジャパンに奇跡は起こらなかった。残念ながら管理人とディーにも奇跡は起こらなかったのである。

ディーの体調の変化に気づいたのはサイトを閉じて間もなくのことだ。胃腸系の強さには定評のあったディーが頻繁に下痢を繰りかえすようになったのだ。医者に行って下痢止めの抗生剤を投与してもらうといったんは収まるのだが、すぐまた同じ症状を繰りかえす。そんなことが1ヶ月ほど続いたあと、こんどは散歩の途中でいきなり歩けなくなった。何かがおかしい、これは単なる腹下しのレベルを超えている、と飼い主である管理人は考えたが、けっきょく獣医に行っても、単なる腸炎が慢性化したものといわれ、いつもの抗生剤を処方されただけだった。この時点で血液検査や検便もやっていたが、何一つ異常は出ていなかった。

その後、たまたま飛び込んだ別の獣医が幸運にも心臓内科の専門家で、以前愛犬(ゴールデン)を癌でなくした経験から、ディーがゴールデンMixだと聞いたとたん真っ先に悪性腫瘍の可能性を疑って、そちらを重点的に検査したところ、胃腸系ではなく心臓の真上に大きな血管肉腫ができているのが見つかった。すでに肉腫は心臓の1/5くらいの大きさまで成長しており、右心室を圧迫して血の流れを止めていた。

血管肉腫には抗ガン剤や放射線治療はほとんど効かない。また転移も早いことから治癒の見込みはほぼなかった。肉腫のせいで心臓が弱っているため、麻酔のリスクが高すぎて手術もままならない。まさに八方ふさがりの状況だった。ちょうど日付が6月に変わろうとしていたころの話である。

それからの1ヶ月はまさに時間との戦いだった。正直、癌が見つかった時点で余命数日といわれてもおかしくない状況だったし、じっさいあのときたまたま良い獣医に巡り会えなければ、ディーは理由もわからないまま1週間ほどでこの世を去っていたにちがいない。ただ痛み止めを投与し、美味しいものを食べさせて、できるだけ体力をつけることで余命を伸ばすだけの毎日だったが、それでも最後の日々をディーと共に楽しく暮らせたことを、管理人は幸運だったと思っている。

時間との競争は同時に気温との戦いでもあった。いきなり気温が上昇すると確実にディーの体調は悪化する。毎晩祈るような気持ちで明日の天気予報を見ていた。

「あと1日、どうかあと1日、27度を超えませんように……」

癌に効くといわれるサプリメントを買い込み、せっせとのませていた飼い主の祈りも空しく、腫瘍はみるみる成長していった。毎週エコーをかけるたびに1cmずつ大きくなって心臓がますます圧迫されていく。それでもディーは最後の夜までちゃんと散歩に行っていた。暑いなか歩きまわることでとうぜん心臓への負担は大きくなるのだが、それでも管理人はディーが散歩に行きたいというのを止めなかった。大好きな散歩の途中で息絶えてしまったら、それはそれでしかたがない。30kgの巨体を抱えて帰る覚悟はできていた。

毎晩、気温が下がる真夜中にディーを連れて近所を歩きまわった。気温が低く体調が良いときはちょっと無理してお気に入りの公園まで脚を伸ばした。痛みのせいでほとんど上がることのなくなった尻尾をぴんと立てて、ディーはあちらこちらの臭いを嗅いだ。いつもはトレーニング用にほんの少ししかもらえない牛レバーが、最後はディーの唯一の栄養源になっていた。散歩をしながら大きめのレバーをちぎって口に入れてやる。

「えらいね、ディー。良いコだね。Good Boy!」

オスワリもお手もフセもする必要などない。その時点では生きていることだけで、ディーはGood Boyだったのだ。

最期の時はあまりにあっけなくやってきた。いつもの通り肉の夕飯を平らげ、大好きなグリーニーズも堪能し、短いながら夜の散歩にも行ったあと、夜半からとつぜん症状が悪化した。食べ物も水も薬さえ受けつけなくなり、日本がブラジルに大敗するころには排泄も止まってしまった。犬も人間も一睡もできないまま、翌朝病院に行って強めの痛み止めを打ってもらった。もはや安楽死させるしかなかったが、せめて仲間の犬たちや家族にきちんとお別れをいわせてやろうといったん家に連れ帰ったところ、昼過ぎに管理人と仲間の犬たちが見守るなかでディーは旅立っていった。

享年7歳7ヶ月。あまりに短すぎる犬生だったが、みんなに愛され可愛がられて幸せな一生だったと管理人は信じたい。

いまディーは虹の橋の向こう側で、先に逝っている先住犬や猫たちと共に管理人や仲間たちが来る日を尻尾を振り振り待っている。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 12:25| Comment(7) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月01日

再開のご挨拶

ご無沙汰しておりました。犬猫屋敷の管理人でございますm(_ _)mぺこっ

大見得を切っていきなりサイトを閉じてから早2ヶ月半、止めた当時はもう二度とネットの世界には関わらないと堅く心に誓ったのだが、けっきょくこうして戻ってくることにした。なんのことはない、またもや管理人の気まぐれである。

犬猫屋敷を閉鎖してからの2ヶ月半の間に、管理人の周りでいろいろと大きな変化があった。それについては、追々書いていくことにするが、ともかく、さまざまなできごとを経験して、管理人自身の心境に大きな変化があったのは事実だ。

要するに、あのころ我慢がならないとか辛いと感じていたことが、いまや、どーだっていいこと、に変わったのだ。それと同時に、あんな下らないことでくよくよしてサイトを閉じた自分が馬鹿馬鹿しくなった。だから、ふたたび犬猫屋敷を続けて行くことに決めたのだ。

とはいっても、まったく同じことをするつもりはないのだが……

今回は、肩の力を抜いて思いつくままにその日にあったこと、思ったことを書いていこうと思っている。管理人にとって書くという行為は良いストレス解消だし、そのこと自体はまったく負担にはならない。ただ調べ物をしたり、ネタ探しをしたりという時間はとれないので、書くことがなければその日の日記はお休みにする。以前のようにアクセス数を確保しようと一生懸命書くことはもうしないし、他人にメッセージを送ろうなどという大それたことも考えるのは止めにした。極端なことをいえば、明日またやる気が萎えてやっぱりもう一度閉鎖するなどと言い出すかもしれない。

いわば、お気楽飼い主が脳天気な犬と暮らすご陽気生活の記録である。世間に星の数ほどある「見て、見てうちの子たちって可愛いでしょう!!!」という飼い主バカサイトに成り下がることに決めたのである。今回は他人のために書くのではなく、管理人の楽しみのために書いていくのだ。

とはいっても、毒舌人生ウン十年の犬猫屋敷の管理人である。思ったことを書くだけでもじゅうぶん軋轢は生まれるだろう。今後、管理人の書くものを読んで不愉快に思われるだろう方々には大変申し訳ないのだが、管理人の主張、考えが受け入れられないというのなら、このサイトは見に来ないでいただきたい。まったく同じ意見の人間などこの世には存在しない。人それぞれに考え方はあるはずだし、管理人は他人の考え方を変えようとは思わない。同時に人に合わせるために管理人自身の考え方を変えようという気もない。だから今回の犬猫屋敷のテーマは明白だ。

「文句があるなら、見にくんな!」

それに関連して、というわけではないが、今回再開にあたって、いくつかブログの仕様を変えている。以前のサイトでは迷惑メールやスパムトラックバックが大量について頭を抱えたので、今回、メルアドは公開しないことにした。用があるかたはコメント欄にメルアドを入れて「メール希望」と書いてもらえば、こちらから連絡いたします。またリンクも一切こちらからは貼らないことにした。リンクを貼っているからといって、同じ意見を持っているとは限らないと思うのだが、そういう目で見られると嫌だと思うかたもいるだろうし、管理人としてはすべての個人団体と一切の関わりを絶ったうえで、個人のブログで個人の意見を自由に述べていきたいと思っている。

というわけで、最初から軋轢を生みそうな話ばかりで申し訳ないのだが、それでもいいと思うかただけ、脳天気な犬たちと飼い主のご陽気生活を楽しんでいただければ幸いだ。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 21:51| Comment(11) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする