2006年07月31日

冷え冷えベッド

お客さまモニターとしてタダでやったクールボードのフィードバックがない!と出入り業者に叱られた。
「せっかく高い物をやったのに、もらったきりで音沙汰なしって、どーいうことよ!?」

「だって、感想述べようにも、使ってないからわかんないんだもん」

「使ってないだと!?」

正確には、使いたくとも使えなかったのだ。越後屋製のクールボード「涼犬生活」の売りは、タイル状のボードを組み合わせて使うので、冬場の収納が楽という点だ。ところが、我が家に持ってきてみたら設計上の重大な欠陥が見つかったのである。

「タイルが動いちゃって、犬たちが怖がって乗ってくれないの」

「なんで動くのさ!」

「だって、うちは床じたいが歪んでんだもん」

うちのコのサイズだと6枚を敷き詰めることになるのだが、たしかに床が平らなところであれば、アルミのタイルを置いただけできちっとはまるのだ。ところが、床が歪んでいるうえに、デカ犬は体重があるのでちょっと身体を動かすだけで、クールボードがずれてしまって、それが犬にとってはとても気持ちが悪いらしい。

「だからさ、使えないのよ。でも冷やっとして気持ちいいから、管理人の足乗せに使おうかと思ってんだけどさ」

「……盲点だったな」

「だね。アイデアは良かったんだが……」

「でも滑り止めのゴムとかつけるとコストがかかって値段を上げざるをえないしなぁ〜」

「滑り止めのゴム程度じゃダメ。やってみたけど、うちだとやっぱりずれちゃうんだ」

「ふつうそれで使えるはずだぞ? おまえんちってよっぽど傾いてんじゃないの?」

「傾いているよ。犬部屋は明らかに目で見えるくらい床が歪んでんだもん」

「それ、身体に悪いと思うぞ。建て替えろ」

「関東大震災2がきたら一発で倒れるから、そしたら建て替えようと思って待ってんだけどさ……来る来るっていいながら、なかなか来ないのよね、大地震」

「…………」

「ともかく、ふつうの家なら問題なく使えるはず。うちの場合は特殊だから、床が傾いてて、なおかつ犬の体重が重いっていう二重苦ですからね」

けっきょくその後は仕事が忙しかったのでしばらく放っておいたのだが、先日ふとアイデアが浮かんでちょっとばかり小細工をしてみることにした。

デカ犬コンビがクールボードを嫌がるのは、床がずれる感覚が気持ち悪くて怖いからだ。そこで、ぜったいに動かないよう6枚の板をきちんと固定する方法を考えたのだ。まず、床にクッションシートまたは滑り止めのゴムを敷く。それだけでは、やはりタイルが動いてしまうので、タイルの裏にガムテープを貼ってタイルどうしを密着させる。そうすればうちの犬の体重が乗っても簡単にタイルがずれることはない。これならしまうときは裏のテープを剥がせば良いだけだし、一石二鳥というわけだ。

そうしておいて、おやつをあげながらボードのうえにしばらくステイさせてみると……

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冷たくてエエ感じ、ということに気づいたらしい。やったねGood

「そっかぁ〜、でも固定しないと使えないんじゃ辛いかなぁ〜」

「うちみたいな例は希有だと思いますけどね。たいていの家は問題なく敷くだけで使えるさ」

じっさい、他のショップで値段を調べたところ、ほぼ同じ材質、同じ仕様のものが倍以上の値段で売られているのだ。むろん、そちらは可愛いパウマークなどが入っていたりするのだが、柄が入っていようがいまいが、使用感は変わらない。

「ガムテープで貼り貼りする手間を考えても、この値段なら管理人は買うね」

「そう?」

「うん。賢い消費者は1円でも安くて品質の良いものを探し求めるものですわよ」

「そっかぁ〜」

「あぁ〜もう1セット欲しいなぁ〜涼犬生活! ほら、うちって2頭いるじゃない? それぞれに冷え冷えベッドがあってもいいと思うんだけど?」

「もう1セットはお金出して買ってください」

さすがに2匹目のドジョウは無理だった。来年の夏までに貯金して、もうひとつ買ってやるとしますかね……

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 16:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

おっ……終わった

管理人は、思いっきり脱力している。

今回生まれて初めて納期遅れを起こすかと思ったが、ようやくギリギリセーフで間に合った手(チョキ)
友人との約束では時間通りに来た験しがないと評判の管理人だがあせあせ(飛び散る汗)じつは仕事に関しては決して納期遅れを起こさないので有名なのだ。

出来はともかく、納期だけはきちっと守る。これが管理人のポリシーである。

業種はちがうが、以前自営業の友人が言っていた。

「オレらの仕事は、早い、安い、うまいの三拍子揃ってないと競争に勝てねぇ〜んだよ」

自営業者なんて、一部の特殊な業種を除いては、みんな牛丼ショップのようなものなのだ。管理人の業界だって同じようなもの。それこそ特殊技術とも言えない誰でもできる仕事なので、きちんと納期通りに仕事を仕上げないと、ぜったいに次の仕事は来ないのだ。

多頭飼いの家で、一番にコマンドにしたがった犬以外はレバーをもらえない、みたいなものである。

管理人は一番に仕事を上げないと、むろん美味しいものはもらえないが、こんな風に同じ顔の犬たちが並んでちょうだいって顔していたら、やっぱり全員に美味しいものを振る舞っちゃうのは、これ人情わーい(嬉しい顔)

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

伏せたくさせちゃおう、強情犬

フセの成功率が一番高いのはベッドやソファーの上だった。

フセ計画が始まって数ヶ月で、奴はひづめ欲しさに嫌々ドッグベッドの上で伏せたのだが、その後は鳴かず飛ばずで、ほんとうに忘れたころにやってみる程度で、フセのコマンドが入っていると言うにはほど遠い状況が数ヶ月続いた。それでも、偶然か奇跡か、数回成功したことがあるのだが、それはいつも姫がベッドやソファの上に乗っていて、管理人がそばに座り込んでいるときばかりだ。

そこで管理人は考えた。もしかして、飼い主の視点が姫には重要なのかもしれない。上から見下ろされる状況が心地よくないとしたら、床ではぜったいにフセをしないのも頷ける。

そこで、オスワリのときにやったように、姫がフセの姿勢で休んでいるのを見かけるたびに、大げさに褒めちぎる褒め褒め攻撃を続けるかたわら、我が家で一番高い位置になるベッドの上の犬用マットレスで集中的にフセのお稽古をしてみることにした。姫がマットレスに乗っているとき、管理人が床に座れば、姫と管理人の視線はぴったり同じ位置になる。

じっさい、フセの姿勢で蹴られたことのある犬は、人間がそばに近づくと慌てて起きあがるという話もあった。姫がそのような虐待を受けていたかは知らないが、ともかく上から見下ろされることに不安感があるのはまちがいない、という気がしてきた。

で、マットレスの上でのフセ集中トレーニングを始めたところ、最初は30回に1回、そのうち20回に1回というように、だんだんと成功率が上がっていった。

そんなことをしている最中、ディーの病気が発覚し、管理人は姫のフセトレーニングどころではなくなってしまった。ちょうど仕事が入っていたこともあって、ディーが闘病生活を送っていた約1ヶ月は、カイや姫の世話までほとんど手が回らなかったのだ。

いわば、この間姫はネグレクトされていた状態だった。管理人が驚いたのは、姫がその状況に対して一切の抗議行動を起こさなかったことだ。いままでのパターンから行くと、自分が無視されたりしようものなら、物を破壊したり糞尿をまき散らしたりして、目一杯の抗議行動をしていたからだ。

その1ヶ月間、姫は一度も怒られることをしなかった。ディーを見送り葬式を済ませてふと気づけば、いつの間にか廊下でのお漏らしなしの記録も2ヶ月以上の新記録を更新していたのだ。

ディーの葬式と前後して仕事もいちおう片づいたので、管理人はこれまでの埋め合わせとばかりにカイと姫をグリグリしまくる生活に戻った。もちろんトレーニングも再開したのだが、正直、丸々1ヶ月空いてしまった以上また一からやり直しも覚悟していたのだ。

ところが……

驚くことに姫は「ダウン」のコマンドを忘れてはいなかった。それどころか、一気に成功率が100%にまで上がったのである。

無視され続けた1ヶ月で姫は姫なりに考えたのかもしれない。フセをすれば管理人は小躍りして喜ぶこともちゃんと知っていた。だから、ようやく管理人に振り向いてもらえることになったとき、ぜったいに褒められると判っていることを自らやって見せたのだろう。

犬という動物は人間が考えているよりもずっと利口ですばらしい、と管理人が思うのはこういうときだ。とくに一般的にはコマンドが入れにくい訓練性能が低いダメ犬と思われがちなハウンド系は、まわりの状況を見極めて何をすべきかを自ら判断する能力に長けている。姫にとって、そのとき一番欲しかったのは管理人の注目だ。何しろ1ヶ月ものあいだ、いくら欲しても与えられなかったのだから。それが手に入ると判った瞬間、どうすればいいか、姫はきちんと判断したのだ。

犬のしつけには波がある。管理人は専門家ではないので、体験だけからしか言えないが、パピーのしつけというのは基本的に常時上向きのコンスタントな上昇カーブだ。それに対して、姫のように一度しつけに失敗した成犬の躾なおしの場合、そのカーブに波がでる。巧く上向きでコンスタントに上がるときはいいが、まったく成果が見えなくて投げだしたくなる時期もある。だが、その時期を超えればまた緩やかな上昇カーブが始まるのだ。管理人のようにいつかはまた上向きになると知っていれば、成果が見えなくとも続けることはできるのだが、たいていの人は、これがこの犬の限界だ、と諦めてしまうようだ。

最近管理人がことあるごとに「問題行動でもあまり気に病まないで楽しくいこうよ」と言っているのはそのためだ。犬との暮らしで、何もかも巧くいかなくてイライラする時期というのは誰にでもあるのだ。そこで巧くいかないものを無理矢理続けてますますストレスを溜めるくらいなら、べつにいいじゃん、と腹をくくって他に目を向けて見るのも大切だと思うからだ。トレーニングは休めば後退することもあるが、取り返しのつかない後退などありえない。飼い主も犬も嫌気がさしているのに無理にトレーニングを続けるくらいなら、いっそぜんぶ止めてしまってもかまわない、と管理人は思っている。それでも、いつだってやり直しはきくのだから。もしそこでやり直しがきかないとしたら、成犬の躾なんて最初からできないわけだし……

ともかく、そんなこんなで姫は犬用マットレスの上でなら、どんなときでもフセができるようになった。むろん、最初は管理人だけが見ている前で100%まで精度を上げ、その後、家人を部屋に連れ込んでその前でやらせる練習をした。最後はお客さまが来たときに前でやらせてみたのだが、天敵の子どもが部屋にいる状態でもちゃんとできるようになったので、フセトレーニングファーストステージはみごとにクリアということになった。

ほら見てみぃ〜ちゃんとフセができるようになったぞぉ〜

管理人としては、胸を張って世界中に吹聴してみたい気分なのだが、ここでまたもや大きな落とし穴に気づいたのだ。

姫はたしかにマットレスの上でならちゃんとフセができるコになった。だが、大好きなマットレスがないとまだダメなのだ。ということは、姫のフセを世間にお見せするためには、どこにでもこの巨大なマットレスを持ち歩かなくてはならない(涙)

というわけで、現在は持ち運びができる座布団サイズまで敷物を小さくすべく、ドッグベッド→大型クッションとせっせと縮小化に精を出している管理人なのである。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 12:10| Comment(4) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

伏せぬのなら

2年がかりで姫のオスワリを完成させた管理人にとって、次の姫ちゃんプロジェクトは何とかフセをさせることだった。

去年の秋、犬友たちと河原でBBQイベントをしたとき、我が家の3頭はフセができない、という驚愕の事実が発覚した。姫はともかく、ツチノコ兄弟に関しては、いちおう躾本に書いてある最低限のコマンドは入れたはずなので、できないわけはないのだが、素人飼い主は1歳過ぎで「ダウン」といったらフセをすることができるようになった時点で満足して、その後の反復練習を怠った。おかげでディーもカイも「ダウン」のコマンドの存在すらきれいさっぱり忘れ去っていたのである。

「フセぐらい、やらせられるやい!」

売り言葉に買い言葉で啖呵を切ってしまった手前、何年かかってもフセをさせないわけにはいかない状況に追い込まれたのだが、その当時姫はまだBBQの会場でも一瞬しかオスワリができない状態だった。

あんなこと言っちゃって、ほんとうにできるようになるんかい?

正直、管理人自身も半信半疑だった。しかし、大見得切った手前「できませんでした」と言うのもしゃくに障る。というわけで、姫にフセをさせるという壮大な計画が始まったのである。

ちなみに、ツチノコ兄弟は、3ヶ月もしないうちに「ダウン」のコマンドを思いだした。何しろ最低限しかコマンドを入れないずぼらな飼い主の犬たちである。オスワリ、お手など一通りやったあとで、それでもレバーがふるまわれないと判った時点で「もしかしたら、ずっと前にやったこれっすか?」みたいな顔で2頭ともちゃんとフセができたのだ。三つ子の魂百までとはこのことだ。下手くそながら、とりあえず最低限のコマンドだけは教えておいて良かった、と管理人は胸をなでおろしたのである。

だが、問題は「フセなんて、ぜったいしないわよ、あたしは!!!」と頑張って仁王立ちになっているお姫さまだ。フセのできない犬の場合、あのフセのポーズをもともとやらない、知らない犬であるケースもあるらしいのだが、姫の場合は部屋で休んでいるときはちゃんとフセのポーズをすることから、これはちがうとすぐに判った。つまり、オスワリの時とどうように「やりたくないから、やらない」だけなのだ。

いちおう念のため、世間の躾本に書いてある、前脚を引っぱる、膝を立ててその下をくぐらせるなんていうフセを教えるノウハウもすべてやってみた。むろん、そんな子供だましの手に引っかかる姫さまではない。一通りやった時点で、ますますへそを曲げて、しばらくは「ダウン」と言われただけでその場から逃げだすような状態にまでなってしまった。

こりゃぁ〜またオスワリと同じように長期戦でいくしかないわけね(ため息)

考えてみれば壮大な計画だが、オスワリで一度成功した経験から、そのうちできるようになることは判っていた。そこで、オスワリの時と同じように、なぜやらないか、というところから考えることにしたのだ。

ふつう、嫌がる犬にコマンドを教える場合、犬がぜったいにそれを手に入れたいと思うような報酬を前にぶら下げてやるのが効果的だ。たとえばレバーを見せて、これが欲しいなら「フセをしろ」と言えば、遅かれ早かれ犬はそのコマンドに従うようになる。ツチノコ兄弟の場合は、これでたいていのことはやらせられる。ところが、姫の場合にはそれが効かないケースがあるのだ。たとえばクレートトレーニングに関しては、姫は驚くほどの早さ(約1ヶ月)でハウスのコマンドをマスターした。ところがオスワリには1年以上かかった。姫にとって、クレートに入ることはイヤではないし、そのうえ美味しいおやつがもらえるのなら、喜んで中に入るのだ。ところが、オスワリの場合はレバーぐらいでは割に合わない「座りたくない理由」があったのだ。そういうときには「座りたくない理由」を「座りたい理由」に変えてやる以外、姫に喜んでオスワリをさせる手段はない。

これがオスワリを教えて管理人が学んだ姫用のトレーニング方法である。そして、今回もまた姫には彼女なりに正統な「伏せたくない理由」があるようだったのだ。

ツチノコ兄弟はパピーから管理人が手塩にかけて育てた犬だ。ゆえにディーやカイが何かをしたくないと思うとき、管理人にはたいていその理由が即座に判る。前にこれをやったときこういう怖いことがあったから、とか7年間の記憶をひもとくことで、ほとんどの場合はこれだ、と思う状況が頭に浮かぶのだ。だから、ツチノコ兄弟が何かを「やりたくない」と拒否した場合には、その嫌な理由を取りのぞいてやるのは比較的たやすい。ところが、姫の場合はうちに来るまでの5年ほどの犬性がすべて謎の包まれている。ゆえに、なぜフセをしたくないのか、という理由を推理するしかないのだ。

幸い管理人はミステリーやパズルを解くのが大好きだ。ゆえに、姫がぜったいにやりたくないと思うものに関して、ぜったいにやらせてみよう、とますます燃えるのである。ミステリーの謎解きに一番必要なのは、観察して状況をきちんと把握することだ。というわけで今回もさまざまな状況でダウンのコマンドを試してみて、姫がどういう態度を示すかつぶさに観察することに約3ヶ月を費やした。

そうすることで、ついに、これは! と思うパターンを見つけだすことができたのである。

(つづきは明日)
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

個性

管理人がこういう考えになったのも、正反対の性格であるツチノコ兄弟を飼っていたからだ。一緒に生きてきた7年7ヶ月のあいだで離れていた時間は合計しても100時間に満たないにもかかわらず、ディーとカイは真反対の性格の犬だった。一緒の親から同時に生まれ、ずっと一緒に暮らしてきた犬たちである。にもかかわらず、態度、性格、好きなもの、嫌いなものがまったくちがったのだ。ましてやちがう親から生まれた年齢も犬種も生活も飼い主もちがう犬が同じであるはずはない。それが管理人の出した結論である。

ディーは母犬のゴールデン的性格を強く受け継いでいたので、どんな犬とも人間とも会った瞬間に親友になれた。カイの場合は人見知り犬見知りがあるので、最初は少しだけ腰が引ける。だが、管理人はカイにディーと同じように誰にでも愛想良くして欲しいとは思っていない。なぜなら、カイとディーは兄弟犬ではあるが、それぞれ個性を持った独立した個体だからだ。カイにはディーにない良いところがたくさんある。逆に、ディーにはカイとはちがう良い点がたくさんあった。

犬にはそれぞれ個性があるのに、管理人はひとりである。まさかジギルとハイドのようにまったくちがう風にふるまうわけにはいかないので、管理人は管理人なりの飼い方をしてきたわけだ。むろん、それぞれに対してじゃっかん対応は変えていたが、それでも管理人が管理人であることには変わりない。そこにこんどは、またちがった個性を持つ姫がやってきた。犬のニーズに合わせて飼い主が変わらなくてはならないとしたら、管理人は多重人格者になるしかなかっただろう。だが、ここでもじゃっかん対応を変えただけで、管理人はやはり管理人なりの飼い方を貫いた。

おそらく、3頭それぞれを個々に見た場合、管理人は彼らにとって最高の飼い主ではなかっただろう。だが、管理人と愛犬たちの組み合わせとしては、決して最悪のコンビではないと思っている。なぜなら、管理人は3頭のどのコも手放したいとは思ったことがないし、どのコも同じように可愛いし、彼らはどこに連れて行ってもそこそこ恥ずかしくない、立派な犬に成長してくれているからだ。

犬を飼う場合の苦労というのは人それぞれだ。管理人にとって飼いづらいと思う犬が、他の人にとっては楽に飼える犬というケースもある。

良い犬悪い犬の基準は、飼う人によって変わってくる。飼い主と犬の相性がぴったりと合った場合には、飼いやすい良い犬になるのだろうし、それが大きくずれてしまえば、飼いづらい悪い犬と呼ばれることもある。だが、いったん飼いづらい悪い犬だと思ったとしても、折衷案を見つけることで、せっかく出会った犬を手放すことなく、飼いやすい良い犬にすることは可能なのだ。

それが、管理人の考えるしつけである。犬にはここまではやってもらわないと、楽しく一緒に暮らしていくことができない。そう思ったことについては、きちんとトレーニングして改善する。飼い主のほうも、譲歩できるところは譲歩して、互いに気持ちよく一緒に暮らせるように精一杯工夫する。それ以外の点に関しては、犬の個性に合わせて、ある程度自由にさせていく。それが犬猫屋敷風の犬の飼い方で、今後管理人自身が変わっていくことがあったとしても、また飼う犬が変わっていったとしても、犬と暮らしていく上で、この基本だけは忘れずにいたい、と常々考えている。

きょう、出稼ぎから帰ってきたら、きのう会ったビビリ犬に悩んでいた飼い主さんから写真と丁寧なお礼のメールが入っていた。

「管理人さんともお話できて、とっても楽な気持ちになれました」


そんな一文を読んで、管理人は少しだけ嬉しくなってしまった。その飼い主さんを見る限り、むろん何があっても犬を捨てるような人には見えないし、愛犬を心から愛しているのはまちがいないが、どうせなら悩みを抱えて暮らすよりは、毎日愛犬の良いところを数え上げて明るく楽しく暮らしたほうがいいと、管理人は思っているからだ。

「楽(らく)」という漢字は「楽しい」と一緒だよね。だから、楽しければ楽だし、楽だと楽しい気分になる。

そう考えると、お気楽生活を提唱する犬猫屋敷風犬飼い生活って、もしかしたらいま一押しかも、と鼻高々な管理人なのだ。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 22:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

ホームパーティー

管理人は月末の納期を前にして、マジでほんとうに忙しい。にもかかわらず、きょうもふらふらと遊びに出かけてしまった。納期がタイトなので今月いっぱいは遊べない、と宣言しておいたにもかかわらずパンツ屋犬具屋の越後屋がまたもや断り切れないような美味しいオファーを持ってきたからだ。

「水曜日って出稼ぎじゃないよな?」
「出稼ぎにはいかんが、仕事が山積みなので遊べない」
「お楽しみ企画があるんだが」
「どんなに楽しい企画でも、今月いっぱいは缶詰」
「逃すには惜しい企画だぞぉ〜」
「どんなに惜しい企画であっても、いまは仕事があるから行けない」
「ふ〜ん、ならいいけど……後悔するよ」
「後悔なんかしないもん。忙しいんだもん」

だが、行けないとわかっていても、何がとりおこなわれるか知りたいのは人情だ。そこで、どんな企画なのか、ついつい尋ねてしまったのが運の尽きだった。
「で、水曜日になにがあるわけ?」
「ホームパーティー」
「ふ〜ん」
「犬の……」
「犬のホームパーティー?!」
「そう」
「それって、犬がたくさん来るってこと?」
「そう」
「うちじゅう犬だらけってこと?」
「そう」
「……でも行けない。忙しいから」
「ふ〜ん、残念だね」
「うん。残念だけど、行けない。だって、忙しいんだもん」
「せっかくラブとかゴールデンとかデカ犬が集まるんだけどなぁ〜」
「デカ犬?! デカ犬がたくさん来るの!?」
「そう。デカ犬グリグリし放題」
「…………」
「でも来れないんだろう? 残念だなぁ〜 うちの奥さんお手製のカラメルプリンも持っていくんだが……」
「やっぱり……行く」

これがヒルズ族の青年実業家が集まるホームパーティーだったなら、管理人は毅然とした態度できっぱりと断ることができただろう。長年のつきあいで、越後屋は管理人を動かすベイトを知りつくしている。

デカ犬ばかりのホームパーティーということで、もちろんうちのデカ犬コンビもご招待をたまわった、が妹との車争奪戦に敗れた管理人は泣く泣く我が子を置いて、ひとりでデカ犬集団のなかに乗り込んでいったのである。

そして、クライアントの顔も納期遅れという忌み言葉もすっかり忘れ、死ぬほど楽しい時を過ごしたのだ。犬がたくさんいて、犬好きが大勢来ている場所で管理人が楽しい思いをしないわけがない。うちで留守番している愛犬たちの顔は少しだけ脳裏をよぎったものの、デカ犬グリグリし放題の醍醐味に管理人はすっかり魅せられ、ほんとうに楽しい時を過ごしたのだ。

そのなかに1頭の和犬Mixのコが来ていた。飼い主さんの悩みはうちのコがビビリだ、ということで、ポセがビビリを克服して明るい犬になったという話を聞いて、是非ともコツを知りたいとパーティーに参加したのだそうだ。

ちなみに、管理人が見たところ、彼女はビビリでもなんでもなかった。ただちょっと最初は人見知り、犬見知りが激しくてすぐに誰とでも仲良くなれるタイプではない、というだけだ。

「飼い主がしっかりしていないから、犬のビビリがいつまで経っても治らない、って人に言われるんですよ」

と飼い主さんは嘆いていたが、おっとりした優しそうな飼い主さんに、犬のために剛胆なきつい性格になれ、というのはそりゃ無理だ。同時に、最初はちょっと及び腰で、仲良くなるのに時間がかかるおとなしいコに、ラブやゴールデンによくいるような、誰とでも初めて会った瞬間に大親友になれる犬になれ、というのもこれまた無理な話なのだ。

飼い主にも犬にも、個性というものがある。得手不得手もあるし、好き嫌いだってあるはずだ。飼い主の思うままの飼い方に無理矢理犬を合わせることで、犬にストレスを感じさせるのは良くないかもしれないが、犬のニーズを満たしてやるために、飼い主がストレスを感じてまで変わる必要はない、と管理人は思っている。飼い主も犬も適度にストレスを解消し、一番互いに合った折衷案を見つけるのが、最終的には犬と最後まで楽しく暮らしていくために一番良い方法なのではないだろうか? だから犬の飼い方にたったひとつの正解はない。それぞれの飼い主と犬によって、ベストの方法は変わってくる。
(明日につづく)

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置いてきぼりを食って、ふてくされているおふたりさん

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

オジサンの一日

自分ってもしかすると、出稼ぎ先の会社で一番エライ人なんじゃないかと思う瞬間がある。

たとえばきょうのように、社長をはじめとする役付きのオジサンたちが必死こいて明日のセミナー用の資料作りにいそしんでいるとき、それを尻目に独り淡々と独自の仕事をしていている自分を客観的に見た場合、どう考えてもこの会社で一番エライのは自分にちがいないと思うのだ。

べつに手伝わないというわけではない。じっさい、以前は「手伝いましょうか?」と何度も言っていたのだ。だが、そのたびに「管理人さんは、自分の仕事をしてていいから」と断られるので、最近は申し出る気にもならないのだ。ちなみに、管理人はこれでもOL生活が長いので、コピーして、ホチキスして、何冊かの資料をまとめてなんて作業はお茶の子さいさいである。じっさい、管理人が手を出せば、オジサンたちの数倍のスピードで作業を終わらせられる自信はある。

にもかかわらず、オジサンたちが一丸となって女工哀史的作業にいそしんでいるとき、管理人はいつも仲間はずれになっている。じつはいまのように内職が忙しいときは、会社では頭を使わない単純作業のほうがずっと嬉しかったりするのだが……

オジサンというのは計画性がないものだ。だから、今回も秒針との勝負で最後は人海戦術で資料をまとめあげていた。明日セミナーをやることは、すでに3ヶ月前から決まっていたにもかかわらず、なぜギリギリまで何もやらずに放っておくのか、オジサン的思考回路というのは管理人には理解できない。もしかすると刺激の少ない日常において、あと1分しかない、もう間に合わないというスリルが唯一の脳への刺激になっているのかもしれない。

秒針との勝負になっていたのは、できた資料を持ってオジサンのひとりがきょうの新幹線に乗らなければならないからだ。ちなみに世間には便利なサービスがあって、朝原稿をメールで送っておけば、夕方にはきちんと製本された資料を大阪で受けとるなんてことも可能である。にもかかわらず、オジサンは自力でコピーをし、それを束ねた膨大な書類をバックいっぱいに詰めて大阪に旅立っていった。

「Kinko’sに頼めばいいじゃないですか」

と管理人は言ったのだが、

「高いからダメ」

と即座に却下されてしまった。

全社員を動員して、丸一日かけてコピーする人件費を考えたら、1枚10円くらいかかっても外注に出したほうがどう考えても安いのだが、そういう計算はオジサンたちはしないらしい。ちなみに、最後は泣きが入っていたので、宅急便で送ればいいとも提案したが、それもその場で却下された。

万が一届かなかったらどうするんだ!?

とオジサンは言うのだが、彼がよたよたあの荷物を引きずって歩くほうがよっぽど危険が多いと管理人は思っている。

でもオジサンは自分以外は信じられない。だからコピーから製本まですべて自力でやりたがる。

ちなみに、大阪に飛ぶオジサンが出ていったあと、ついにコピー機がぶっ壊れた。けっきょくメンテの人を呼んだりして、きょうはほんとうに全員が一日中その作業にかかりっきりになっていた。

わざわざ大学院まで行って博士号をとりながら、トナーで手を真っ黒にしながらコピー機と格闘するのは空しくないのだろうか? と思う瞬間もあるのだが、本人が嬉々としてやっている以上他人が口を挟むことでもないのだろう。

管理人が帰るころには、終業時間を待たずして、オジサンたちは資料の完成を祝って満足そうににビールで乾杯をしていた。

「あぁ〜たまらんな、ひと仕事終えたあとの、この一杯!」

これがやりたいがために、オジサンたちはきょう一日女工哀史ごっこをしていたのかもしれない。その笑顔を見ていると、効率とか対費用効果とか小難しい経営用語なんかはどうでもいいな、という気がしてくる。

オジサンは、会社にいるときが何よりも一番幸せな人種である。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 20:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

約束

昨日は、ディーの月命日だった。もうあれから1ヶ月も経ってしまったのかと呆然としつつも、しだいに周りからディーの臭いが消えていくにつれて、管理人も残された犬たちも、少しずつディーのいない生活に慣れていっているのが不思議な気がする。

ディーの病気がわかったとき、とうぜんのことながら管理人は呆然として何をどうしていいかもわからなかった。医者の説明を聞いて、残された時間が短いのはわかっていたし、ディーを苦しめるような抗ガン治療や手術の道は断念したものの、さりとて残りの日々をどうして過ごしたらいいか、何をしてやるのがディーにとってベストなのか、考える余裕すらなかったのだ。

すっかり惚けていた管理人の代わりに、癌についていろいろ調べ、よく効くといわれるサプリメントや食材についてあれこれ情報をくれたのは、周りにいた犬友だちだ。持つべきものは犬友だ。ふつうであれば、たかがペットが病気だからと泣きわめいている管理人は単なる変人だが、じっさい動物たちと暮らしている人にとっては、愛犬愛猫を見送らなくてはならない飼い主のつらさが身に染みてわかるのだ。

癌だと診断された当初、管理人は何かというと泣いていた。散歩に行っては涙がこぼれ、ふだんと変わらないようすでツチノコ兄弟が戯れているようすを見ては涙した。せっかく長生きさせようと、身体にいいと言われる餌やおやつばかりを与え、毎年きちんと予防注射もして大切に大切に育ててきたのに、どうしてディーだけこんなことになってしまったのか。世間には残飯を与えられて、散歩にも満足に連れて行ってもらえなくても長寿を全うする犬がざらにいる。なのにどうしてうちだけ、こんな早く愛犬に別れを告げなくてはならないのか、その理不尽さに無性に腹が立っていた。

最初に通っていた獣医の誤診でディーは1ヶ月あまりほとんど栄養のない餌を与えられていた。腸炎と診断されたため、消化器系に負担をかけない炭水化物を多くとっていたのである。結果的にはそれが癌の進行を早めてしまった。だから、末期癌と診断された直後から肉が主体のガッツ食でともかく体力をつけ抵抗力を上げる食餌に切り換えた。

ディーの体調はその日によってまちまちだった。調子が良い日は朝から肉をガツガツ食べる。だが具合が悪くなると手に乗せてやっても何も食べない日もあった。

ある時、手に乗せて鼻先に出した肉の臭いを嗅ぎ、フンと横を向いてしまったことがあった。大好きだった肉も食べないのか。もう長くはないのか、と管理人は不覚にも涙がこぼれた。その瞬間、ディーは慌てて肉を口に入れ、管理人の顔をぺろぺろ嘗めてくれたのだ。

管理人がつらいとき、いつもディーがやってくれた仕草だ。

「大丈夫だよ。食べるよ。オレ、まだまだ元気だから、泣かないでよ」

そういわれているような気がしたのだ。そのとき、初めて自分のすべきことが見えてきた。ディーは毎日そうとうの痛みと闘っている。それでも生き続けることじたいが、ディーが管理人にくれる最後のプレゼントだということに気づいたのだ。管理人のすべきことは、残りの日々をディーにとって楽しいものにしてやること。ディーがこの7年半にくれたものには到底およばないが、それでもできる限り楽しい思い出を作ってやって、最後はきちんと看取ってやる、それが管理人のできるせめてものお返しだと悟ったのだ。

その日から、ディーの前では決して泣かないと決めた。最期のときを迎えるまで、何回「Good boy!」と言ってやれるか、どれだけディーの笑顔を覚えていられるか、それが管理人の目的になった。

同時に「がんばれ」という言葉も口にしなくなった。辛ければ諦めてしまってもいい。苦しいのならサインを出してくれればそのときは楽にしてやる。ディーが食餌を受けつけなくなった時点で安楽死を選択することを管理人は心に決めていた。ただディーが生きたいという意欲を見せている限り、どんなことをしても生きながらえる方法を探していく。その代わり、ぜったいに管理人のいないところでは逝ってはいけない。それが管理人とディーのあいだの最後の約束だった。

動物の医療費というのは冗談ではなく高額だ。単なる痛み止めと定期検査だけでも毎週そうとうの金額がかかっていた。そのうえ肉主体の食餌に各種のサプリメントやおやつ類を用意するのは、その日暮らしの貧乏飼い主には負担だった。だからずっとディーのそばについていてやりたいと思っても出稼ぎ仕事に行かないわけにはいかなかった。

毎週出稼ぎに行くたびに後ろ髪を引かれるような思いがした。痛みが襲ってきたときにそばについてやれないと思うだけで身を切られるような思いをした。ディーも同じように不安だったのだろう。毎週、週末が近づくごとに体調は確実に悪くなっていった。

ディーの容態が急変したのは、木曜日の深夜である。今週も何とか出稼ぎ中の留守番を乗り切った。これでまた週末はずっと一緒にいられると思った矢先に食餌も水も受けつけなくなった。それは、ディーからのサインだったのだ。だが管理人は、翌朝一番で安楽死の処置をする決心がつかなかった。

ディーは最後まで約束を破らなかった。どんなに苦しんでも管理人が戻ってくるまで逝ってしまうことはなかったのだ。それに比べて管理人は一瞬の躊躇から楽にしてやるタイミングを逃した。

犬は人間との約束を決して破らない。どんなときでもまじめに約束したことを忠実に履行する。犬を裏切るのはいつでも人間だ。最後の最後にディーが管理人の教えてくれたのはそんなあたりまえの事実だった。

あと半日早く安楽死の処置をしておけば、ディーに、最期の苦しみを味あわせることはなかった。

「約束を破ってごめん」

虹の橋の向こうについてもう一度ディーに会ったとき、管理人が真っ先に謝りのはそのことだ。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 09:53| Comment(2) | TrackBack(0) | DJ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

現実逃避

管理人はいま、ものすごぉ〜く忙しい。

またいつものクライアントが、申し合わせたように同時期に仕事の依頼をしてきたからだ。途切れることなく仕事をいただけるのは、むろんとってもありがたい。だが、できれば、ほんとうに贅沢なのだが、できることなら脳が溶け出すくらい暇なときに少しずつ依頼をしてもらえるとありがたい。

というわけで、今回も完全にオーバーフロー状態のまま納期に追われる1ヶ月を過ごしているわけだ。

で、そういうときに限ってまた、以前からずっと温めていた楽しい企画があったりする。むろん、仕事が忙しいからと断ればいいのだが、徹夜してでも楽しい企画は逃したくはない。そういえば小学生のころも、宿題の絵日記が完成していなくとも、8/30に従兄弟と海に遊びに行っていた。三つ子の魂百までとはよく言ったものである。

というわけで、きょうの犬猫屋敷にはお客さまがあった。遠路はるばるKAKOままさんが上京したのに合わせて、つむぎ親子リリー親子が揃ってデカ犬コンビに会いにやってきてくださった。

管理人の友だちがやってきて、犬より人の数のほうが多い、というのはじつはけっこう珍しい。犬猫屋敷は、どんなサイズの、どんなしつけレベルのコであっても室内フリーで入れるので(うちの犬以上に邪魔で悪戯をする犬は、おそらくこの世に存在しないからだ)たいてい皆さん飼っている犬を伴って遊びにくる。そうすると、気がつけば犬がうじゃうじゃ、あいだの隙間に人間がちんまり座ってという状況になるのである。

いちおう人間のお客さまの記念写真も撮ったんだけどね……顔消したり、面倒なんで……というわけで、今回のお客さまはこちら下

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めんこいねぇ〜リリーちゃんわーい(嬉しい顔)

管理人の持っているヨーキーのイメージ(うるさい、気が強い、臆病)を粉々に打ち砕くようなたまらなくよい子だった。犬種の特性ってたしかにあるが、要は育て方しだいだな、とリリーを見ていてしみじみ思った。何しろ大きな犬に囲まれても一度も声をあげなかったし(子ども脱感作トレーニング中の姫さんはことあるごとに絶叫もうやだ〜(悲しい顔))どんな人にも愛想よく尻尾をぷりぷりしているし(カイザーは部屋の隅で常時気配を消していたふらふら)きちんと、やるべきことをやってちゃんと飼ってやれば、ほんらいの特性を悪癖に変えることなく、立派なパートナー犬に育てることができるという証明のようなものだ。

姫とリリーが並んでいると、じつはこんなに大きさがちがう。

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うちのようなデカ犬だと、最低限のしつけを入れないと飼いきれなくなるリスクが高い。だから、大型犬を飼っている人の多くはしつけに熱心な飼い主にならざるをえない。反対に小型犬だと、まあいいや、うちは小さい犬だからと最低限のこともやらずに問題犬を作ってしまう飼い主が、残念ながらまだまだ多いな、と管理人は思っている。いまのこの国では一般的な認識が、大型犬のしつけは義務、小型犬の場合にはオプション、と思っている人がまだまだ少なくないのである。

じっさい、一時期レスキューのお手伝いをしていたころ、里親会を見に来てくださったお客さまと、こんな会話をよくしたものだ。

「この犬は大きくなりますかね?」

「親がわからないから、保証はできませんけど……失礼ですけど、お住まいは集合住宅ですか? 体重制限とかあるんでしょうか?」

「いいえ、一軒家なんですけど……ただ大きくなる犬だとしつけしないとダメでしょう?」

チワワだってヨーキーだって、しつけしないと飼えねぇ〜よちっ(怒った顔)

しつけをせずに飼える犬はAIBOだけだっちゅぅのどんっ(衝撃)

むろん、んなことをお客さまはっきり言うわけにはいかないので、当たり障りのないように、犬のしつけというのは人間と犬が楽しく暮らしていくための最低限のルールを作ることで、どんな人にもできることで、自分の犬を一生可愛いと思って大切に育てていくためにはぜったいに必要な作業なのだ、と説明したものだ。

そうやって話をしたお客さまの何人がそれをわかってくれたか、はわからないし、もしかするといまごろ「ご意見無用」のツッパリチワワを飼って、手足を傷だらけにしているかもしれない。まっ、それはそれで個人の自由だし、捨てずに飼ってくれているのなら、管理人がとやかく言う話ではないのだが……

何はともあれ、犬を見れば飼い主がわかる、と管理人は常々思っているのだが、リリー嬢のようすを観察するかぎりは、リリーパパはちゃんと犬を飼える立派な犬飼いだという印象を受けた。

リリーはpapaが会社に行っているあいだ、ずっと独りでお留守番してるんだけどねぇ〜世の中には、そんなひどい環境で犬を飼うなんて最低だ、って口から泡を飛ばして叫ぶ人もいるんだけどねぇ〜

じつに皮肉なことに、リリーはとってもいいコに育っている。なんか、変なのって思いつつ、仕事に戻りたくないために、現実逃避してボーといろいろ考えてしまう管理人なのだ。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

犬のパンツ

犬猫屋敷の御用達の犬具商人、越後屋がネットショップをオープンした。かつてはビビリ犬の代名詞だった愛犬ポセにあうように、軽くて負担が少ない首輪やリードを手作りしているうちに、これってもしかして商売になる? と思いたったのが、犬具屋Shy Dogの始まりだ。

ディーの闘病生活を経験して、じつは管理人も、軽くて丈夫で、犬に負担の少ないカラーやリードの重要性を身をもって体験した。ちょうど一ヶ月前のいまごろ、管理人は毎日、病気のディーを連れて短い散歩に行っていた。犬猫屋敷のトリオのようなデカ犬用の犬具というのは、どうしても金具がごつく重くなる。ふだんはあまり気にならないが、体力が衰えたディーにはそれだけでもそうとうの負担だったのだ。思わずフリーにして歩かせようかと思ったほど、最後はナスカンの重みが身体に堪えていた。

ディーが病気になって初めてわかったことだが、犬たちはいつもその重みを感じで散歩をしているのだ。これは由々しき事態であると思っていた管理人のところに3ヶ月ぶりに越後屋から千載一遇の電話が入ったのだ。

ちなみに、管理人と越後屋はこの春3ヶ月間絶交していた。きっかけは、いまとなっては覚えていないような些細なことだったのだが、とにかく、一時越後屋は管理人の「殺したい奴リスト」のトップに輝いていたのである。

管理人たちが喧嘩するのは、じつはあまり珍しいことではない。周りも、

「またやってるよ、どうせまた1週間もすれば仲直りするんだから、止めときゃいいのに……」


と呆れるほど、わりとしょっちゅう諍いを起こすのだ。だが、今回はふだんの喧嘩とは規模がちがった。何しろ最後には

「おまえの母さん、でべそ!」

「ついでにおまえもでべそじゃないか!!!!!」


てなところまでいってしまったのである。



やはり、でべそはいけない。



世の中、言っていいことと悪いことがある。だが、頭に血が昇ると小学校2年生レベルの会話になる管理人たちは周囲の呆れた視線にもめげず、派手な喧嘩を繰りひろげたのである。

で、その後3ヶ月間、お互いを「殺したい奴リスト」の筆頭に掲げたまま何やかんやと忙しく暮らしていた。ところが、ディーが病気になったことがきっかけで、また連絡をとりあうようになったのだ。人間、愛犬が瀕死の重症で伏せっているときは、でべその恨みも忘れるものだ。

夏休み前に大喧嘩して、新学期になるとけろっと以前のような親友に戻る小学生のごとく、管理人たちはふたたび悪友に復活したのである。長すぎた春休み中にいろいろ考えたおかげで、ふたりともちょっと大人になって、無事小学校3年生に進級できた。むろん、どっちが先に何回ごめんと言ったかについて、またもや揉めたのは言うまでもないが……

ともかく、そんなこんなで交流が再開した管理人と越後屋だが、今回越後屋が持ってきたオファーは美味しすぎるものだった。

「なあなあ、寝るとひやっとするドッグベッド欲しいっていってなかった?」

「欲しいよ。でも高いから買えない」

「おれんち、こんど犬具や始めんだけどさ、お客さまモニター募集中なんだけど……」

「それ、何すんの?」

「うちの製品使ってみて、使い心地とか改善点とか指摘してくれればいいの」

「それって、タダでドッグベッドもらえて、おまけにぼろくそに文句いっていいってこと?」

「……できれば前向きな意見が聞きたいんだけど」

「でも、タダでもらったものに好き勝手言っていいってことでしょ?」

「まあね」

「やるわ」

というわけで、管理人はしっかりドッグベッドをタダでせしめてすっかりご機嫌になったのだ。

「いちおう、うちのメインはカラーとリードなんだけどさ」

「ふ〜ん、誰がデザインしてんの?」

「生地選んでるのは、オレ」

「いらない」

「…………(気を取り直して)姫に可愛い女の子っぽい奴作ってやるよ。お客さまモニター用にさ」

越後屋のセンスで女の子っぽい可愛いの、といったら、ぜったいにピンクのフリフリでハートやらリボンが飛び散ったようなとんでもない物を持ってくるに決まっている。飼い主だから断言できる。姫にはピンクは似合わない。

「うちの犬具は軽くて丈夫っていうのが売りでさ」

「軽いの?」

「そうそう、金具は強度が同じ中で一番軽いのを選んでるのね」

「ほぉ〜」

「それにコットンだから抜群に軽いし、簡単に洗えるし」

「なるほど……」

「そうだなぁ〜、カイは黒いから、赤なんか似合うよな。たとえば魚偏の漢字とか……」

「魚偏の漢字?」

「そう、寿司屋の湯飲みに書いてあるような奴」


越後屋のセンスはアタリかハズレか、管理人に言わせると両極端だ。今回はどうやらアタリのほうに振れているらしい。

「ス・テ・キ! それ欲しい!」

「だろ? ぜったいイケテルって思ったんだ。買ってきたときは、そんなの誰が使うって周りから非難囂々だったんだけどさ……」

「他にはどんな柄があるわけ?」

「そうだなぁ〜空豆とか?」

「姫は、それだわね!」

けっきょく、他にもいろいろ柄があると聞いて、久しぶりに犬たちを遊ばせるついでに、店主自らが車を飛ばして我が家に反物を持ってやってきた。

「おひいさま、こちらの水玉柄なんか、よくお似合いでございますよ」

「いいわね、それいただくわ。リードも一緒に。いつものようにつけにしておいてね」

「現金で払え!!!」

ちなみにShy dogのカラーとリードはすべてオーダーメイドの手作りだ。だがサイズ表を見る限り、うちの子たちはLサイズでも入らない。

「ちょっと、Lサイズまでしかないんじゃ、2頭とも入らないじゃないの!」

「オーダーメイドだから、サイズに合わせて作るんだよ」

「でも特注は追加料金とるんでしょ? 材料費がかかるから、とか言って……どうせデカ犬はお金がかかるようにできてんのよねぇ〜」

「うちは追加料金なしよ。材料費は少し高くなるけど、大型犬用のほうが作る手間は楽だから」

「あんたが神さまに見えてきた。じゃあ、こっちの黒いのとストライプのも一緒に注文する!」

というわけで、現在管理人とデカ犬コンビは、おあつらえの首輪リードのセットが届くのをわくわくしながら待っているのだ。友だち相手なので、思いっきりわがままにリードも我が家で使い易い長さで作ってもらうことにした。

デカ犬用だと、たかが首輪とリードでもけっこうな値段がするものだ。洗い替えにいくつか欲しいと思っても、けっきょく実用本位の丈夫で長持ちなものを選んでしまう。

「その日の気分で、首輪を変えていろいろ楽しんでもらいたいんだよ。だから当店ではお求めやすい価格でよい製品をご提供しております。首輪をTシャツ感覚で……」

「パンツみたいなもんね!」

「パ……パンツ?」

「そう、パンツ! パンツって洗濯したときのためにたくさん持ってないとダメじゃない!」

「なんで、パンツなんだよぉ〜」

「だって、パンツっていつでも履いてるもんじゃない。犬にとっては首輪はいつもつけてるもんでしょ? だから首輪は犬のパンツなの!!」

「オレは犬のパンツ屋か?!」


ちょっと高級なランチを1回食べるお値段で、愛犬に可愛いパンツ首輪を買ってやれるのなら、貧乏飼い主の懐だって大して痛まない。季節によってどんどん新柄が出るようだし、こまめにチェックすればこれは!と思う逸品に会えるかもしれない。

犬猫屋敷御用達の犬のパンツ屋具屋Shy Dogをどーぞご贔屓に!
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 13:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

受難の季節

姫にとって辛い季節がやってきた。

夏は暑い。それだけなら姫だけではなく世界中の犬にとっての受難の季節だが、夏が暑くて学校が夏休みになることが、姫にとっては一番堪えるのだ。

だって、どこに行っても、いつだってノーリードの子どもがあっちへふらふら〜こっちへふらふら〜(涙)

さっそくきょう、その第一弾に会って姫は非常に辛い思いをした。

ほとんど昼のギリギリ午前中、管理人が犬たちを連れて

「これは朝の散歩だからね! だれがなんと言おうといまは朝なんだからね!」

と言いきかせつつ歩いていると、角の横丁から3人ばかりの小学生の団体が……

さっと身を翻し管理人のうしろに隠れる姫。

「大丈夫、怖いことないから。何かしたら管理人が怒ってやるから、大丈夫だから」

と姫をなだめすかす管理人。

幸い、あちらが犬好きではなかったようで、その場は巧く通り過ぎたが、次の角でもまた、小学生の団体が!?

おまけにこんどは5人に増えてるよ、まったく(汗)

最近は物騒な世の中なので、子どもたちも集団登下校というのをやっている。だから角を曲がるごとにどんどん子どもの数が増えているような気がするのだ。

怖いよね、姫さん。そりゃそうだ。管理人だって、角を曲がるごとに蛇の集団がいて、それがどんどん数が増えていったりしたら絶叫のひとつもしたくなる。

だが、姫は偉かった。子どもの集団が一時最大15人までに増えたにもかかわらず、けさは一度も歌うことなくとりあえず管理人のうしろに身を隠して難を逃れたのだ。

GOOD GIRL!!!

これからは、姫にとっては辛い季節だ。早く涼しくなって学校が始まってくれるといいのにね……

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 19:54| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

衝動買い

DJを見送ってようやく一息ついたころ、管理人はストレス解消のために自棄買いに走った。ふつうは服やアクセサリーをしこたま買い込んで憂さを晴らすところなのだろうが、そこで犬用品専門店のネットショップに駆け込むところが管理人の管理人たるところである。

自分の服なんて買ったって、どうせ出不精なんだから着ていくところもありゃしない。同じ金を使うなら、意義ある使い方をしたい、と思うところが貧乏人の哀しさである。

で、いつもサプリメントやら耳の洗浄薬を買っているアメリカのサイトに行ったところ、すご〜くいいものが目に止まった。

ファーミネーターが21ドル!?

これはもう買うしかないっしょ!

日本で買うと通常価格1万円近くするものがネットで5千円前後で売られている。我が家はツチノコ兄弟がダブルコートバシバシのもじゃもじゃ犬なので以前から欲しいとは思っていたのだが、いかんせん管理人の金銭感覚では犬のブラシに5千円も払うのは高すぎる。仕方がないので、入手した金持ちのお友だちにこんど貸してもらおうっと思っていたのだが、2千円くらいなら買っちゃってもいいかな? と自棄買いモードの管理人は考えた。

むろん、2千円でもやっぱり犬のブラシとしては高いのだ。今回自棄買いついでに管理人が購入したふつうのグルーミングブラシは、どれも日本円で300円前後のものばかりである。

正直、日本はどうしてこう犬用グッズが高いのだろう、と貧乏飼い主はため息をつく。たとえば日本で正規品だと7、8千円は軽くするプレミアフードはあちらで買えばせいぜい3千円前後である。じっさい管理人の知っているアメリカ人の金銭感覚からすると、それでもじゅうぶん高価なのだ。何しろステーキ用の肉が1Kg千円前後で買える国である。犬の食費に月に3千円も費やすのは、ものすごく贅沢なことなのだ。

たとえば管理人がアメリカのサイトから定期購入しているサプリメントは、日本では600錠入りで3千円前後で売られている。ところが、これを直接輸入すると1000錠入りが千円以下で手に入る。垂れ耳犬ばかりの我が家では耳の洗浄薬は生活必需品である。日本で通常手に入る1800円ほどの小瓶だと3ヶ月も保たないのだが、同じものが、倍入った大瓶で、アメリカのサイトだとこれまた1000円しないで入手できる。

日本の犬グッズって高すぎる。ぜったい、ぜったい高すぎる、と大量消費が基本のデカ犬飼いの貧乏人は心の底から思うのだ。

でもたぶん、売れるからこんな値段でもみんな買うんだよなぁ〜というより、たぶん日本では「犬」といったら基準が10kg以下の小型犬なのだ。先日もつくづく思ったのだが、日本のデカ犬率というのは極端に低い。人気犬種はあいかわらず抱っこできる小型犬ばかりだし、うちの犬たちのサイズだと「超ビッグ」と言われてしまうのだ。むろん、住宅事情がちがうせいもあるのだが、アメリカに連れて行ったら、うちの犬たちを見て「大きい」という人など誰もいない。犬といったらあれくらいのサイズがごくふつうなのだ。だが、日本では犬入店可と書いてある店でも、うちの犬はちょっと大きすぎて迷惑かな?と思うことが多々ある。

基準が小型犬の価格設定ゆえに、体重で計算していくとうちの場合はとてもお金がかかるのだ。たとえば正規品のプレミアフードだって、小袋で1ヶ月保つのなら、たいした出費にはならないだろう。だが、うちだとそれが1週間も保たないのだ。スーパーで売っている1kgのサイズだと、3頭いたころは3日ぺろっと平らげていた。おやつ類にしてもそうなのだ。これはうちのコも喜ぶだろう、たまには奮発して買ってやるか、と思っても20g入りで600円という表示を見ると、うちのコにやったら10秒で味わう間もなく飲み込む、と思うだけで買ってやる気も失せるのだ。

けっきょく大型犬はお金がかかるようにできている。そうすると犬を飼うとしても金がかかるので、小型犬を、ということになり、ますます小型犬率が上がっていく。貧乏人のデカ犬マニアには、暮らしにくい世の中なのだ。

とはいっても、無条件に大きな犬が好きなのだから仕方がない。だから、管理人はない知恵を絞って、せっせと欧米のペット用品サイトで必需品を買い集めているのである。

で、問題のファーミネーターだが、皆さまの評判たがわず、たしかに面白いくらいに毛がとれる。夢中になってカイを追っかけ回していたら(途中でもうひとつ今回購入した爪切りを使ったところ、爪切り嫌いのカイは大慌てて逃げだした)なんと、こんなところに緊急避難……


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やったね! 我が家のクレートトレーニング、完成でございます!
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 17:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

ポジティブで行こう!

良き犬飼いは脳天気である。

これは管理人がかねがね思っていることだ。脳天気な楽天家が良い犬飼いになれるのか、はたまた犬と暮らしているうちに脳天気になっていくのかは解らないが、一目見て「おっ、こいつは良い犬飼いだな」と思う飼い主の多くは思いきり脳天気でポジティブだ。

ごくたまに、世をはかなんだように眉間に皺を寄せたマイナス思考の犬というのも見かけるが、犬というのはほんらい脳天気でポジティブな生き物だ、と管理人は思っている。だから、そういう犬と暮らす以上、飼い主のほうもそういう思考回路でいるほうがずっとヘルシーだと管理人は思うのだ。

この世に星の数ほどある「犬の問題行動についてのサイト」を見に行くたびに、管理人はちょっとネガティブな気分になる。あれもこれも我が家の犬に当てはまる。もしかしたら、うちの犬ったら問題犬?! と暗澹たる気分になるからだ。

だが、犬猫屋敷の「問題行動」の定義は、飼い主が「こりゃ問題だわ。矯正しないとうちではもう飼いきれない」と思う行動、と決まっているので、そういうサイトを見てしまったとしても、ふ〜ん世間ではこんなことも問題行動って呼ばれちゃうんだ、とまるで他人事のお気楽気分である。

ちなみに世間でいう「問題行動」は我が家では、「追々直していかないといけない悪癖」と呼んでいる。今すぐにどうにかしないとならない、というわけではないが、決して褒められた行いではないので、日々の生活で少しずつ矯正していけばいいと思っている。

以前、管理人が毒キノコの幻影に悩まされていたころ、姫さんのお食事前のリサイタルについて「それは問題行動であり、犬はこれこれこういう理由でストレスを受けていて云々」とわざわざ言いに来たお節介な奴がいた。ふつうの精神状態なら「だから?」と軽く返すところなのだが、毒キノコの毒にとっぷり浸かっていた管理人は過剰反応の発作を起こした。

管理人はいままでどんなことが起こっても、決して犬を捨てるなどというオプションは考えてもみなかったが、あのときは一瞬、こいつがいるせいで世間からあれこれ言われる。こいつさえいなければ、ととんでもないことを考えたのだ。

忠告しに来た人にしてみれば、よかれと思ってしたことだろうが、結果はまるで逆効果だった。管理人がもし育犬ノイローゼで「もうダメだ、これ以上この犬は飼いきれない」と悩んでいたとしたら、おそらく犬を手放す最後の一撃になっていただろう。

だいたい、ふつうの常識人ならば他人の子どもをつかまえて、「アンタの子はこれこれこういうところが問題だ。こうすれば治るから矯正すべきだ」などという失礼なことは決して言わないだろう。ましてやそのお節介な人間が、育児書を十冊読んで子どもを1人育てただけなどというケースはありえない。ところが犬の世界ではそれがまかり通ってしまうのだ。なぜか犬の飼い方については「これこれこうすべきである」と他人に口だししてもいいと多くの飼い主が誤解している。

だが、飼い主と犬の組み合わせによって、ベストの飼い方は何万通りもあるはずなのだ。それを「うちは○○で成功したからそうすべきだ」とか「XXさんの本にはこう書いてあったから、アンタの飼い方はまちがっている」などというのは、はっきり言って大きなお世話である。

先日犬友と電話で話しているときに、うしろで愛犬が吠えている声が聞こえた。いわゆる警戒吠えの声だったので「誰か来てるよぉ〜」と言ったところ「宅急便の集配だ」と答えたあと、いきなり「うちは、これ直すつもりないから」と言われた。一瞬、管理人はマリアナ海峡よりも深く反省したのである。

もしかして、管理人もお節介ババアになってた?

世間で言われる問題行動だって、飼い主の考え方しだいでどんな風にも見えるものだ。ものは考えようとはよく言ったもので、無駄吠えというと問題行動だが、お歌を歌っていると思えば同じ鳴き声でもちがって聞こえてくる。姫の食餌前のリサイタルについても、誰がなんと言おうと管理人は可愛い、これは姫の持ち芸だ、と思っている。何しろ食器をがちゃがちゃいわせる音が聞こえたとたん、キッチンに飛んできて、メニューを確認し、大好きなおかずが並んでいると、とたんにその場で歌い踊るのだ。あまり好きではない献立だと、踊りだけで歌はつかないのがご愛敬。お客さまが来ているときは、思わず「見て、見て、姫の食餌前のリサイタル!」と胸を張って自慢すらしてしまう。

もし犬猫屋敷が、姫の歌や踊りで近所から苦情が出るような集合住宅だったとしたら、むろんすぐに止めさせる。だが、ここは野中の一軒家なのだ。もう半世紀もここに居を構えているせいで近所づきあいも濃厚だ。だから多少の吠え声では苦情は出ないし、かえってうちに犬がいるせいでこの近所は空き巣の被害が一件もないと感謝されるほどなのだ。むろん、きちんとオスワリをして皿が目の前に置かれるまで待つのが美しいのは解っている。だが、必要ないのに犬にあれしろ、これしろ、というのは管理人は好かないのだ。

たしかに、問題行動の解決に全力を注いで頑張っている飼い主さんというのは立派だとは思う。だが、うちの子がまた何かしでかすのではないか、とドキドキ、おろおろしながら犬と生活するくらいなら、許せるところは「これはこのコの個性なのだ」と受け入れることで適当にあしらうお気楽さもまた必要なのだと、管理人は思っている。

管理人は完璧とはほど遠い人間だ。だから、犬にも完璧さなどは求めない。のんびり屋で気分が乗らないとコマンドに従わないのなら、それでもけっこう。嬉しくなると思わず歌い踊ってしまうのなら、それはそのコの個性なのだ。できるところは採りいれて、いらないところは切り捨てて、そうやって飼い主と犬にとってベストの飼い方を見つけていくのが、不幸な犬を減らす一番手っ取り早い近道だと管理人は思っている。

血まみれになっても、痣だらけになっても、それでもうちの犬は最高!と言えると脳天気な飼い主は、決して犬を捨てたりしない。世間から見たら問題だらけの飼い主と犬であっても、そういうペアが増えていけば、少なくとも捨てられる犬は減っていくのだ。

落ちつきのないやんちゃな悪戯犬は、見方を変えれば好奇心旺盛な可能性あふれる名犬予備軍だ。臆病なビビリ犬は、おとなしくて飼いやすい最高のパートナーだ。犬は飼い主に変われなどとはいわない。だから、飼い主のほうも犬に過度な期待をかけるべきではないのだ。99の良いところがある犬のたったひとつの欠点を矯正しないと、と思いこむくらいなら、目をつぶれるところはつぶってみるのも、ひとつの方法だと管理人は思うのだ。

うちの犬は問題犬だとくよくよ悩んで一生過ごしても、これは個性だと開き直ってどっしり構えて暮らしても、時間は同じように過ぎていく。犬の一生はほんとうに短い。ならば思いきり楽しんだ方がお得だよ。

脳天気であることは、悪くない。少なくとも犬を飼うにあたってはこれも長所、と管理人は信じている。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:57| Comment(7) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

クレートトレーニング

遅まきながら、クレートトレーニングをやっている。ディーの具合が悪くなってすぐ、バリケンを衝動買いしたからだ。

ご存じの通り我が家では、3頭のデカ犬が狭い管理人の部屋で勝手気ままに生きている。飼い主がわりとアバウトなせいか、犬たちもいたって大らかで、お互い踏んだり踏まれたりなんてことがあっても、さして気にしているふうでもない。だが、なんといってもディーは絶対安静の重病犬である。ゆっくり養生できる場所を確保してやろうと、清水の舞台から飛び降りた気になってバリケンを買ってやったのだ。

ところが、せっかく高い金を出して買ってやったにもかかわらず、ディーだけではなく他の2頭もぜんぜん中に入ろうとしないのだ。犬が入らないバリケンなんて単に場所塞ぎの邪魔物でしかない。そこで管理人は重い腰を上げて今さらながらクレートトレーニングを始めることにした。

まずはじめは、バリケンのなかにおやつを入れ、それ欲しさに犬がなかに入ったらたっぷり褒めてやることである。ところが、とりあえず中に首はつっこむのだが、全員おやつをくわえるとそそくさと出てきてしまうのだ。

クレートの中=おやつをもらえる=嬉しいことが起こるところ


という方程式を犬に刷り込もうとしているのに、これではただの食い逃げである。そこで管理人は考えた。

どうして中でおやつを食べられないのか? 暗くて狭い場所は犬にとって安心できる場所であるにもかかわらず、あの中にいることが不安になるのはなぜなのか?

答えはわりとすぐに出た。バリケンにはメッシュの扉がついている。それを開け閉めして使い勝手を試していた管理人のようすをそばで見ていた犬たちは、下手するとドアをガチャンと閉められて、あの中に閉じこめられるぞ!と思ったのだ。

そこで、せっかく組み立てたものをまた一度解体し、ドアを取っ払ってからもう一度おやつを中に入れてみた。

すると、さっきよりは奥まで入っては行くものの、やっぱりおやつを食べ終わると大慌てて出てきてしまうのだ。ふむ、ふむ。これは、あの中が安全で心地よいところなのだということを、まず教えなければならないかもしれない。

そこで、管理人は自らバリケンの中に入ってみた。デカ犬トリオにとって管理人は心の太陽である。管理人が大丈夫、と言えば怖いことは起こらないし、管理人のそばにいればぜったいに危険はないということは毎日の暮らしでしっかり刷り込んである。だから、その管理人がバリケンのなかで楽しそうにしていれば、きっと犬たちも安心して入ってくると思ったのだ。ちなみに、ふつうクレートトレーニングというのは、犬をクレートに入れるための練習で、飼い主がクレートに入る家は、たぶんあまりないと思う。じっさい、管理人がクレートに入ってはしゃいでいるところを見て、通りすがりの家人は深いため息をついていた。

だが、この作戦は大成功だった。管理人にグリグリしてもらいたい一心で、3頭が代わる代わる自らバリケンのなかに入ってくるようになったのだ。

読みが当たってご満悦の管理人だったが、ここでふと考えた。

ふつう、クレートトレーニングができている犬というのは、飼い主が「ハウス」とコマンドをかければ中に入っていくもので、クレートの中から飼い主が「ハウス」と叫んでいる図はあまり見ないぞ。

犬たちをクレートに入れる、という目的は果たしているが、これだと毎回先に管理人がクレートのなかに入って待っていなくてはならなくなる。

そこで、トレーニングの次のステップを実行することにした。こんどは、管理人なしでもクレートの中に入ってその場で留まっているための練習である。幸い、管理人がクレートの中は安全だ、と身をもって教えたせいか、前よりは格段に長い時間クレート内に留まることができるようになっている。一番奥に投げ入れたおやつでも平気で食べられるようにはなったのだが、やっぱりおやつを食べ終わるとそそくさとそこから出てきてしまうのだ。しつけマニュアルによると、おやつ投げ入れ方式で、犬はクレートに留まってそこでくつろぐことを自然に覚える、となっているのだが、素人トレーニングの哀しさで、またもやマニュアル通りの展開にはならないのだ。

まあ自己流でやっているとこういうことはよくあることだ。右手におやつを持ってこうして、ああしてとマニュアルに書いてあるとおりにやってみるのだが、そうすると、こうなりますね。という風にはならないのだ。お料理番組を見て、お肉に下味をつけて、オーブンレンジで20分焼くと、ほらこんなに美味しそうに焼き上がっています、なんていうのを真に受けて同じようにやってみたら、かつて肉だったらしき炭が目の前に現れた、みたいなものである。おそらく致命的なまちがいを犯しているのだが、素人にはそれが何だかわからない。たぶんオーブンレンジで20分と言われたのに、電子レンジで20分焼いてしまったようなことなのだが、それに気づくのはオーブンレンジで焼いてみたことのある人だけだ。たいていの素人はここで「このレシピはダメ!」と投げだしてしまうのである。

ちなみに、管理人は目の前に失敗作品が出てくることには慣れているので(←それがいいかどうかは疑問だが)それを何とか調理しなおして食べられるものにするのは得意なのだ。だから今回も自分なりに考えた。そしてひとつのアイデアがひらめいたのである。

犬たちがクレート内に留まらない原因は、投げ入れられたおやつを食べてしまったら、もうそこには用がないからだ。だったら中にいることでずっと良いことが起こり続ければ、そこに留まろうと思うはずだ。

管理人がクレートの中で犬をグリグリしていれば、ずっとそこに留まっていられたように、中にいるあいだずっと楽しいことが起こり続ければいいのだ。そこで目に止まったのがクレートの奥についている空気とりの穴である。クレートの中にいるあいだ、ずっとGood! と褒め続けながら、この穴からおやつを入れてみたらどうだろうか?

もちろん、結果は大成功だった。中にいれば継続的におやつが穴から落ちてくるのだ。犬たちがそこを天国だ、と思ってもとうぜんだろう。じっさい、一度クレートに入ったら、必死でその場所を死守すべく決して他の犬にその場を譲ろうとしないのだ。

「カイちゃん、次、姫のお稽古の番だから、出てらっしゃい!」

「いやです。ボクが先に入ったんですから、ここはボクの場所です!」

今回も大成功である。管理人の類い希なる妙案のおかげで、クレートは犬たちにとって、とても嬉しいことが起こる天国のような場所になったのだ。

こんな良いアイデアが浮かぶ自分の才能に酔いしれながら、管理人は目を細めてクレートに入っている愛犬のようすを眺めていた。アタシってば、もしかするとカリスマ訓練士になれるかもしれないわ。だって、あんなに嬉しそうに尻尾をぷりぷり振りながらクレートに入っているじゃない。尻尾を振りながら……? あれ?

ふつう、犬がクレートに入っているとき尻尾を振っているかどうかなんてわかんないよなぁ〜だって、ふつうはクレートってこういう風に入るものだもの。



ところが、うちの場合はこんな風

なんか変だわよね、やっぱり(滝涙)

やっぱり、どこかで何かをまちがえているのだ。今回もまた、致命的な失敗を犯したらしい。

でもいいでしょう。とりあえずクレートは大好きになったわけだし。今後はどうやってカイにこっちを向かせるか、それを考えていくことにしよう。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 14:17| Comment(4) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

毒キノコ

管理人は、いわゆる世間でいうところの帰国子女である。

帰国子女というと人は「まあ外国語ができて羨ましいわね」と単純に思うらしいが、じつは外国語が苦手な帰国子女というのもいる。「英語の苦手なアメリカ帰り」ほど悲惨なものはない。いまでこそ、英語を飯の種にしている管理人だが、じつは三十路をすぎるまでは英語が大の苦手だった。

多感な時期を海外で過ごした管理人が、あの生活から得たものは、語学力でも国際人としてのセンスでもなく、度胸と開き直りと立ち直りの早さだ。帰国子女の親はたいてい

「子どもなんて現地に行けば言葉なんてすぐ覚えるし、けっこうやってけるものなんですよ」

と割と軽く考えているが(うちの親はこの典型)、じっさい、いきなり言葉もわからない環境に放り込まれる子どもの立場としては

「んざけんなよ! そんな甘いもんじゃねぇんだよ!」

という気分である。ちなみに親の多くは外国の地でも日本と変わらぬ暮らしかたをしていく。日本企業の現地事務所で日本人に囲まれて働き、日本から送られてくる1日遅れの新聞を読み、日本語放送を見ながら、駐在日本人のコミュニティー内で人づき合いをしていく。それに比べて、現地校に放り込まれた子どものほうは、すぐに言葉を覚える、のではなく、覚えざるをえないのだ。生きていくためにはその場に順応していかざるを得ない。だから外国語もすぐに喋れるようになるし、外国人とのつきあいかたも自然と身につくようになる。

子どもというのはどこの国でも残酷なところがある。だから言葉もわからない片言の英語を笑ったりはやし立てたりするものだ。そういう経験を繰りかえすと人間度胸が据わってくる。

「ふん、じゃあ、てめえらは日本語が喋れるってぇのかよ! あいうえおって書けるもんなら書いてみろ!」

そう思った瞬間に外人が怖くなくなるのだ。身振り手振りだろうが言いたいことが伝わればいい。開き直ると人間、誰しも強くなるものだ。

辛い日々も、すぎてしまえば笑い話だ。夜明けの来ない夜などないのだと、子どもなりに体験し、多少落ち込むことがあっても割とすばやく立ち直ることができるようになる。周り中から「いま鳴いていたカラスがもう笑った」と呆れられるような管理人の立ち直りの早さは、あのころの経験からきたものだ。

これは外国に行った年齢や滞在期間によってちがうので、帰国子女が一概に皆そうだとは言えないのだが、多くの帰国子女が2度大きなカルチャーショックを受けることになる。

ひとつめは最初に外国に行った瞬間。見るもの聞くものがすべて珍しく、言葉も習慣も違う外国に着いたとき、人は多かれ少なかれカルチャーショックを受けるものだ。これはもちろん大人も同じなので、この体験は親と共有できるものだ。だが、2度目のカルチャーショックに関してはおそらく子どもだけが感じるものである。なぜなら、日本人としてのきちんとしたバックラウンドができあがった大人は、これを感じるはずがないからだ。

2度目のカルチャーショックは日本に帰ってきたときに起こる。外国ではずっと外人だった自分が、母国に帰ってきたはずなのにしっくりそのなかに溶けこめないのだ。

「おかしい。こんなはずはない。わたしは日本人なのに。あちらではずっと外人扱いされていたけれど、帰ってくればもう外人じゃなくなるはずだったのに……」

でも自分は外人なのだ。日本人の親から日本で生まれ、日本語を話している自分が、完全に日本という国に溶けこめないというカルチャーショックは第一のそれよりもずっと大きい。小難しい心理学用語で言えばアイデンティティーの崩壊ということになるのだろうが、ここでもまた帰国子女は、異なる社会に溶けこめるよう孤軍奮闘せずにはいられなくなる。

正直それがどういうものであるか、言葉で説明するのは難しい。ありていに言えば日本人であるにもかかわらず、あ、うんの呼吸に疑問を呈してしまう妙な日本人とでもいうのだろうか、ふつうの日本人なら不思議とは思わないことに「なんで?」と質問したくなる。帰国して早数十年が経ち、菊のご紋が入った真っ赤なパスポート(いまは紺になったんだっけ?)を持つ管理人だが、じつはそのうちの数パーセントがいまでも外人なのだ。
だからふつうの日本人が気づかないところが目についてしまう。

「日本人って○○だよねぇ〜」

じゃあ、おまえは何人なんだ!? ふつうの日本人ばかりのところではなるべく口にしないよう心がけているのだが、管理人の頭の中にはつねにこんなことが渦巻いている。これを気にせず言えるのは、帰国子女同士で会話するときだけだ。ちなみに、帰国子女同士の会話では言葉がチャンポンでもかまわないので、これも楽なところなのだ。管理人は英語の会話はいまだに苦手だが、バイリンガルというのはじつは英語と日本語のどちらかがそのときによって頭に浮かんでくる。これも言葉で説明するのは非常に難しいのだが、日本語で会話しているのにもかかわらず、返答が英語で浮かんでくる瞬間があるのだ。ふつうの日本人と話しているときは、それを瞬時に日本語に置き換えて話す。だが、中には完璧に置き換えられない言葉というのもあって、そうすると言いたいことが完全には伝わらない、というフラストレーションを覚えてしまう。

人は誰しも、知らず知らずのうちに毒キノコを食べてしまう瞬間というのがあると思う。何が毒になるかは、その人の生い立ちやいままでの人生によって変わってくる。ある人にとっては無害なマイタケだって、他の人にとっては毒キノコになる。毒が効いているあいだは、幻聴が聞こえるし、冷静な判断力も失う。

おそらく昨年の末から今年の前半にかけて、管理人は毒キノコを知らず知らずに食べていたと思う。だから、いま思えばなんでもないことにくよくよしていたし、過剰反応を起こしていた。ふつうは、あのころのことを思うと恥ずかしくて人前になど出られないはずなのだが、それでもこうしてのこのこ、また姿をあらわすところが立ち直りの早い帰国子女のいいところだ(←ポジティブな姿勢も帰国子女の特徴)。

管理人にとっての毒キノコは「ねばならぬ」と言われることだ。「みんなが○○だからこうしなさい」と言われることは、なんとなくどこかこの社会からはみ出していると常々感じている管理人にとってはとても居心地の悪いことなのだ。それでも多くの場合は周りに合わせることを知っているし、一見とけ込んでいる風を装うことには子どものころから慣れている。それでも、度が過ぎるとそれが毒キノコに変わる瞬間がある。

どうせ自分ははみ出しものなんだ。やっぱりここでも自分は外人扱いだ、と思ったとき、毒キノコの効果が現れて幻聴が聞こえたり幻覚が見えてしまうのだ。

毒キノコのいいところは、いつかその効果も切れるということだ。むろん、どんどん追加で毒キノコを食べ続ければ一生治らないこともあるだろうが、たいていは時間が経てば

「あれ? 何やってたのあたしってば?」

ということになる。管理人には幸い数少ないが良い友人が周りにいるので、毒キノコの幻覚に踊らされて口汚く他人の悪行をののしる管理人にしっかり冷や水を浴びせてくれる。そうすると我に返って次の毒キノコに手を伸ばさずに済むのである。

毒キノコを憎んで人を憎まず


毒キノコではなく人を憎んだ瞬間に、人は次の毒キノコに手を伸ばしているのかもしれない。
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 17:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

座るまで待とう、強情犬

そう考えると、じつは思いあたる節があった。姫はトイレの躾が巧くできていなくて、うちに来てから、ほんとうにごく最近になるまでお漏らし癖が完全にとれなかった。♀犬のシッコポーズというのは慣れないとオスワリと勘違いする。じっさい当初、管理人も「姫、ノー!」と叫んだら、ただ座ろうとしただけだったということが何度かあったのだ。

座ろうとする→No→オスワリはいけないこと

そんな法則が姫の中にできていてしまったとしたら、姫が断固として座らない理由も合点がいく。同時に叱られるから座らないと決めているのだとしたら、座れば良いことがあると教えればオスワリをさせるのも夢ではないはずだ。

そこで管理人は半信半疑のまま「座ったら、何でもいいから褒めちぎる」作戦を始めたのである。ちらっとでも姫が座っているところを見かけたら、ともかく狂ったように褒めまくる。来る日も来る日もそんな地道なことを続けた結果、半年ほど経ったころ、ようやく姫は管理人の部屋の中でならふつうに座ることができるようになった。つまり、座ることは良いことだと教えるための半年の月日を経て、ついにふつうのしつけサイトに書いてある、片手におやつを持って鼻面よりうえに上げて「Sit」とコマンドをかけましょうという最初のところに行きついたのである。

いったんそこまで行ってしまえば、そこから先は比較的楽だった(とはいっても、けっきょくまたその後半年くらいはかかったのだが)まずは廊下でオスワリができるようになり、次に庭でなら座るようになり、散歩の途中、公園でならオスワリのコマンドに従うようになり、ついに最後は車がびゅんびゅん通る国道のそばでもきっちり座れるようになった。いまでは外出先であっても、姫はどこでもちゃんとオスワリができる犬になった。いまや、管理人が帰ってくると、姫は玄関でちゃんとオスワリして待っている。いくら教えてもツチノコ兄弟にはぜったいできなかった芸である(ツチノコはあいかわらず興奮して玄関じゅうを駆け回る)。犬猫屋敷風に言えば、これでついにひとつのコマンドが完成したことになる。

この長い長い行程のなかで、さまざまな事実がわかり、管理人自身も成長した。

たとえば、姫は言葉のコマンドがとても苦手で、さまざまな言葉の中から「Sit」というコマンドを聞き分けることが巧くできない。だが、ハンドサインはすぐに覚えたので、管理人はツチノコ兄弟に対しては曖昧だったハンドサインをきちんと出す習慣ができた。

姫にはコマンドという概念がどうやらもともと入っていない。頭のいい犬なので状況に応じてこういう動作をすべきだ、ということは比較的すぐ覚えるのでふだんの生活には支障がないが、たとえば玄関のたたきではスワレマテがちゃんとできるのに、餌を前にして待たせると、「マテ」で待って「OK」で食べるのではなく、最初に何か言われたら待ち、次に何か言われたら食べ始めるといった具合に、こちらのいう言葉を理解しているとはどうも思えない。コマンドにはいくつも種類があって、その言葉に従ったから褒められるのだ、ということを教えていくのはじつはこれからの作業なのだ。

誰にも増して食いしん坊な姫なのだが、じつは姫のしつけにご褒美はあまり必要はない。むろんご褒美があればますますやる気は出るのだが、極端な話、褒美などやらなくても褒めてやるだけで姫はきちんと動く犬だということがわかった。これは、オスワリ褒めちぎり作戦を実行していたときに判明したことである。ともかく座っている姿を見たら褒める、という作業を繰りかえしているとき、おやつ箱に手を伸ばすと、姫はおやつ欲しさに立ちあがって近寄って来てしまう。これでは座るという行動に対して褒められているというのが曖昧になるので、基本的におやつは一切使わなかった。つまり、姫にとってはたとえおやつがなくても、褒められることだけでじゅうぶん報酬になっていたのだ。

てなわけで、姫にオスワリを教えることは、管理人にとっては、ある意味、人生最大のチャレンジだった。正直オスワリひとつにここまでかかるとは思わなかったし、いままでは「オスワリなんてできてあたりまえ」と思っていたのが、オスワリもどうしてなかなか奥が深い、と考えを変えざるをえなくなったのだ。だが、他人から見ればたかがオスワリである。「何ができますか?」と訊かれて「オスワリ」と胸を張って答えても、「なんだ、この飼い主は?」と呆れた目で見られるだけだ。

だが、姫のオスワリはそんじょそこらのオスワリとは訳がちがう。何しろ2年越しで完成させた究極の芸なのである。

オスワリというベルリンの壁なみに高いハードルを越したおかげで、姫は、現在同時進行で三つの芸を練習するまでになった。1年越しで頑張っているフセ(第一ステージはようやくクリア)、半年がかりのお手(おそらくあと3年はかかるもよう)、先月から始めたクレートトレーニング(なぜかこれだけは、ほぼ完成)に関しては、また日を改めて書いていくが、ともかく、誰がなんと言おうとうちの姫ちゃんは最高である。

そして管理人はいま、あのとき「姫はバカだから、もう成犬だから今さらオスワリなんて」と諦めなくて良かったな、とつくづく思っている。

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 00:48| Comment(3) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

座らぬのなら……

我が家の愛犬自慢をする立派な飼い主バカサイトになるためには、やはり

「うちのコは、こんなこともできるのよ!」

的なしつけ自慢も必要なのだが、めったにその手の話題が出ないのは、ひとえに我が家のしつけのスピードが亀の歩みであるからに他ならない。もともと飼い主がいいかげんで飽きっぽいところにくわえて、我が家にはオスワリ一筋丸二年を誇る姫さまがあいかわらずお座りオンリーで頑張っているからだ。

正直、姫が我が家に来た当初はこのまま一生オスワリもしない犬でもかまわないかな、と思いかけたこともある。「オスワリもできない犬」というのもある意味貴重だし、逆に、このまま死ぬまでオスワリをぜったい教えないと心に誓おうかとも思ったのである。

きちんとした訓練士についたわけではないが、知っている限りのノウハウを駆使しても奴は徹底的に座ることを拒否し続けた。むろん、競馬馬じゃあるまいし、部屋にいるときはちゃんと座って休憩するのだが、スワレといわれると、とたんに座ることを拒否する。極端な話、座ろうとしていたくせに「Sit」と言われると座るのを止めるぐらいだったのだ。

そこで、管理人は日英問わず相当数のしつけサイトをチェックして回った。オスワリの教え方はむろんどこにだって書いてある。ただ

「オスワリを拒否するのに命をかけている犬の座らせ方」

「先祖代々座ることを禁じられた犬にオスワリを教える方法」

についてはどこを探しても書いてなかった。もしかして、こういう犬ってうちだけなのだろうか? 管理人はかなり真剣に悩んだのだ。

こういうとき、一番簡単な方法は

「うちの犬はバカだからオスワリもできない」

とあっさり片づけることだ。だってうちのコは成犬になるまで何もしつけられてなかったんだから、できなくたってあたりまえだとあっさり言う飼い主もいるだろう。べつにオスワリなんかできなくたってふだんの生活は困らない。たしかにそうかもしれないし、その飼い主がそれでもいいと思うのなら、管理人としては反論するつもりは毛頭ない。

だが犬猫屋敷の場合はちがった。あまりに姫がお座りを拒否し続けたので、逆に好奇心が湧いてきたのだ。

「なんでこいつは、ここまで座るのを嫌がるのだろうか?」

餌を片手に持って「Sit」と号令をかける正統派のトレーニングに犬も飼い主もうんざりしていたこともあって(何しろ何度やってもできないのだ。いいかげん誰だって嫌になる)管理人はとにかく姫のようすを観察するのに時間を費やすことにした。その結果、姫は管理人が見ていないところではオスワリをすることに気がついた。

もしかして、姫はオスワリすることは悪いことだと思っている? オスワリしたら怒られると思っているのだろうか?

明日につづく……

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ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

当たってる?!

成分解析というサイトを見つけた。適当な言葉を入れると、機械がランダムに言葉をあてはめて、それに関する成分解析をするという、よくあるウェブ上のお遊びサイトなのだが、仕事の合間の気晴らしにいろいろ思いついた言葉で試してみた。

犬猫屋敷の管理人の解析結果

犬猫屋敷の管理人の60%は宇宙の意思で出来ています
犬猫屋敷の管理人の26%は媚びで出来ています
犬猫屋敷の管理人の7%はマイナスイオンで出来ています
犬猫屋敷の管理人の6%は理論で出来ています
犬猫屋敷の管理人の1%はミスリルで出来ています

ほぉ〜やっぱり犬猫屋敷の再開は宇宙の意志だったわけだわーい(嬉しい顔)
だが媚びが1/4を占めるっていうのが気に入らない。管理人は決して人に媚びたりしない誇り高い人間なのに。そうだ、管理人が媚びることなどありえない。相手が金持ちで権力者で美味しいものをただで食べさせてくれるとき以外は……

DJの解析結果

DJの54%は華麗さで出来ています
DJの27%は言葉で出来ています
DJの7%はお菓子で出来ています
DJの7%は濃硫酸で出来ています
DJの5%はアルコールで出来ています

やっぱりね、そうそうディーの半分は華麗さでできていた。なかなか当たってるじゃないの、これってば!

カイザーの解析結果

カイザーの51%は宇宙の意思で出来ています
カイザーの36%は蛇の抜け殻で出来ています
カイザーの7%はお菓子で出来ています
カイザーの4%は成功の鍵で出来ています
カイザーの2%は言葉で出来ています

脱け殻ってところに妙に納得。

ツチノコ兄弟の解析結果

ツチノコ兄弟の59%はカルシウムで出来ています
ツチノコ兄弟の31%はスライムで出来ています
ツチノコ兄弟の6%は気の迷いで出来ています
ツチノコ兄弟の2%はミスリルで出来ています
ツチノコ兄弟の2%は成功の鍵で出来ています

ツチノコ兄弟は生まれつき骨太さん!

そして、オチはやっぱりこの方……

姫の解析結果

姫の75%は気合で出来ています
姫の9%は濃硫酸で出来ています
姫の8%は言葉で出来ています
姫の7%は心の壁で出来ています
姫の1%は成功の鍵で出来ています


そうじゃないかとは思ってたよがく〜(落胆した顔)
ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 21:58| Comment(5) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

オイ、ジダン!

妙な夢を見て明け方に目が覚めてしまった。

ふだんはリラックスして安眠できるよう、寝る前は好きな本を読むことにしているのだが、現在またもや納期に追われる身ゆえに、眠くなるまで仕事の資料を読んでいたせいかもしれない。ともかく、時計を見るとちょうど4時を少し回ったところだったので、どうせ起きてしまったのだからちょっとだけ決勝でも見てみるか、とテレビをつけた。

今回のワールドカップは、ディーの病気がわかった直後に始まったこともあって日本の試合も含めてほとんど何も観ていない。いちおうダイジェストなどでどこが勝ち進んだかくらいはチェックしていたのだが、せっかくだから決勝ぐらいはちゃんと観ようという気になったのだ。

少しだけ観て、眠くなったら寝直そうと思っていたにもかかわらず、けっきょく結果が気になって最後まで観てしまった。

だって、ほんとうにどっちが勝つかわからない、ものすごい試合だったんだものがく〜(落胆した顔)

それにしても、一気に腰が抜けたのはジダンの一発退場だ。怪我をしてもそのままピッチに残り、これは根性で最後フランスが勝つのだろうかと思っていた矢先に、試合の進行とはまったく関係ないところでいきなり喧嘩でレッドカードときたもんだ。あそこで退場しなければ、勝っても負けてもジダンはフランスの英雄として歴史に名を残しただろうに。にもかかわらず、あそこでああいうことをするあたりが、ジダンらしいと言えばジダンらしいのだがふらふら

いずれにせよ、サッカーについてはド素人の管理人が観ても、やっぱり世界の水準は高いのだとしみじみ思った。すみません、日本チームも予選突破とか期待したわたしがバカでしたって気分になった。だって素人目で見ても、ぜんぜん試合運びがちがうもの。フランスとイタリアの試合は、ピッチが狭く見えたもの。イタリアチームなんて30人ぐらいいるんじゃないかと思ったほど、いつでもどこでもボールの飛んでいく先に人がうじゃうじゃいたんだもの。

はぁ〜遠いな日本チームの予選突破。管理人が生きているうちに、果たして決勝リーグに進める日は来るのだろうか(ため息)

ちなみに、同世代の友人と先日サッカーの話をしていたところ、日本戦って怖くてまともに観られないよね〜という話になった。もともとサッカー好きという人以外だと、管理人たちの世代の人間は、最初に観たサッカーの大きな試合が1993年10月のアメリカワールドカップアジア地区予選の対イラク戦、通称「ドーハの悲劇」という人もじつは多いのではないかと思う。管理人も友人もそういう1人で、ぜったい勝ちと思っていたのに、いきなり最後の最後で点を入れられ一発逆転というさまを最初に観てしまったせいか、いまだに日本戦は落ちついて観ることができない。だいたい当時はロスタイムなんてルールも知らなかったくらいだし、90分終わったのになんでよ!とTVの前で騒いでいた記憶がある。1点や2点の点差では、

「きっとまた逆転されるんだ、最後にゴールされて負けるんだ」

と、とても不安な気持ちになる。その後何度も日本の勝ち試合を観ているにもかかわらず、ここまでくると立派なトラウマである。おそらく、30対1くらいで日本が勝っていないかぎり、管理人が心静かに日本戦を観戦できる日は来ないだろうと思っている。

管理人がまだ頬っぺツルツルの中学生のころの話なので、かれこれ10億年ぐらい前のことになるが、管理人の中学ではなぜか男子(男の子じゃなくて男子なのだ!)のあいだでサッカーが異常にブームになっていた。都内とはいえいちおう立派な校庭があったのだが、サッカーピッチがようやく1面とれる広さで、その1面を確保するために、クラスのなかでもとくに脚の速い子が、授業が終わると同時にサッカーボールを持って校庭に向かってダッシュしていた。ちょっとでもスタートが遅れると、他の学年の子に場所をとられてしまうので、サッカーには参加しない女子も含め、なぜかクラス一丸となってチャイムが鳴ると同時に授業が終わるよういろいろ画策したことを思いだす。

あのころの同級生たちも、おそらくいまや立派なお父さんになっていて、いまごろは眠い目をこすりながら愛するわが子のために働いているのだろうと思うと、思わず微笑みがもれてしまう。我が子はいないが、同じくらい金がかかる愛犬のために、管理人も眠い目をこすりながら仕事に戻るとしましょうか……

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ちょっと、ご飯まだ?

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 11:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 管理人の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

飼い主バカ

ちょっと前の話になるのだが、Play Bowのドギーパーティーに行ってきた。

ディーの病気がわかり、すっかりめげていた管理人に代わって、ちはりんさんをはじめとして、いろいろ調べて情報をくださった皆さんにお礼を言いたかったのもあって、ディーの葬式の翌日、思いたったが吉日、といきなりふらふら出かけたのである。

予約もせずに、考えてみれば迷惑この上ない話なのだが、以前からどんなことをやっているのか是非見てみたいと思っていたのもあって、潜り込めるなら行っちゃえ、ということになったのだ。管理人のいまの仕事のやり方では、1ヶ月先の予定など立てることは不可能だ。仕事が途切れたら、そのときが休みというライフスタイルになって、かれこれ3年以上が経つのだが、おそらくあと5年かそこらは、毎月第2△曜日にXXで、というような約束をするのはまず無理だ。だから、当日行けるとなったらふらっとその場に現れる。今回もまた、そのパターンだったのである。

だが、こっそりと行って、ひっそりと見学して帰るには、犬猫屋敷のご一行さまは生まれつき身体も態度もデカすぎる。けっきょく、本人たちはさりげなく潜り込んだつもりが、またもや犬どもがあれこれやらかして、しっかり皆さまから笑いをとったのである。

まず第一に、呼び返しをご披露する場面で、近づいてくる巨大犬カイに驚いた小型犬(今回はほとんどがチワワやダックスだった)の皆さんから一斉に声が上がり、それにビビッたカイザーは一目散にその場から逃げだした。吠えている犬の全体重を合わせてもカイの半分にも満たないのに、プルプル震えながら管理人の元に尻尾を巻いて逃げ帰ってくるあたり、いくつになっても腰抜けカイちゃんは健在である。

続いて他の犬と飼い主さんが見ている前で申告一発芸をご披露する場面では、レバーを片手に姫にオスワリをさせようと奮闘している管理人のところに、すでに一発芸(いちおうフセをご披露した)を終えたはずのカイがのこのこ出てきて

「それ、もらえるんですかぁ〜? オスワリすればいいの? それともお手?」

と頼んでもいないのに持ち芸をせっせとご披露して、皆さまの失笑を買ったもうやだ〜(悲しい顔)

その後、他の人がゲームをやっているあいだに、管理人と妹がちはりんさんのところの凛と愛唯あいてに機嫌良く遊んでいたところ、いきなり姫が他人様のゲームに乱入し、ゲームの進行を止めてしまったあせあせ(飛び散る汗)

そして最後に、お玉にボールをのせ、犬を連れて走ってタイムを競うリレーゲームでは、いつものごとくゲームのルールを勝手に解釈したカイザーが、落ちたボールを追っかけ回し、これまた皆さんにあきれ顔で見られる始末ふらふら

要は、邪魔しに行ったとしか思えないじつに惨憺たる結果だったのだが、もともと典型的な飼い主バカである管理人としては我が愛犬の成長ぶりに目を細めて大喜びしたしだいだ。

室内ドッグランは初めてだったので、犬たちのリアクションが予想できなかったのだが、最初はさすがに2頭とも尻尾を下げてその場から逃げだしたいというようすがありあり見えたが、30分も経つとその場の雰囲気に慣れて自由に徘徊しはじめた。

散歩の途中ではまだまだ歌う癖が完全にとれない姫なのだが、今回嫌というほど吠えられた(我が家の2頭はダントツにジャイアントだったので、小型犬の皆さんをすっかり怯えさせてしまったのだ)にも関わらず、1度も歌を披露することなく、しっかり吠えられたら無視を決め込んでいた。

いままではとくに問題を起こさない、ドッグランでも安心なカイだったが、正直今回初めてディーがいない状況で多くの犬がいる場に連れて行ってどういう態度をとるか管理人も読めなかった。もともと臆病なカイである。いままではディーがいたので安心してどんな状況でも対処できていたが、頼りの兄貴がいなくなったいま、過剰反応することも考えられた。だが、そんな管理人の心配をよそに、カイはあいかわらずマイペースでどんな人にも犬にも愛想よくきちんと挨拶してまわっていた。

むろん、オスワリしかできない犬は姫の他には来ていなかったし、多芸な皆さんに比べるとうちの2頭の無芸ぶりが際立ってはいたのだが、飼い主バカの管理人に言わせれば、何の芸もできなくとも、うちの2頭が一番愛想がよくてやっぱり最高の犬たちだ、ということになるのだ。

とくに、オスワリ一筋丸二年の姫の成長ぶりはめざましかった。たかがオスワリと言うなかれ、何しろ1年前には家の外では一切座らない犬だったのだ。それがいまや見ず知らずの他人や他の犬にじっと見つめられ、緊張度120%の状況でもちゃんと座れるようになったのである。他人から見ればたかがオスワリで何をそんなに騒いでいると言われそうだが、当の本犬と飼い主にしてみれば、人類が月に到達したような大進歩だったのだ。

むろん、課題や問題点もたくさん目についた。これから直さなくてはならないところも多々あるが、それはまた追々やっていけばいいことだ。

ともかく、誰がなんと言おうと、我が愛犬たちは確実に毎日一歩ずつ進歩している。それを目の当たりにして、感涙にむせぶ飼い主バカなのである。

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連日のお出かけで疲れ切った姫さんと専用枕の図

ニックネーム 犬猫屋敷の管理人 at 13:53| Comment(5) | TrackBack(0) | うちのコたちの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする